『だる』

「何が」

『学校もぜーんぶ』

「ま、しゃーねーわ」

『うん』

こいつとは身のない話しかした試しがない。
俺らは昼休みは屋上で、放課後はお互いの家を行き来し、暇と体力さえあれば身体を重ねている。
俺らの関係に名前をつけるとしたら、なんだろう。
恋人、セフレ、友だち、知り合い。
こいつはどれを選ぶだろう。

「だりーな」

『うん』

「二人でどっか逃げちまうか」

『温泉があるとこね』

「そこで毎日適当に暮らしていかがわしいことばっかしようぜ」

『今と変わんなくね?』

「今よりもっとやれる」

『そらだめだ。マンコいかれるわ』

「そしたらケツ使うからいいよ」

『次それ言ったら殺す』

大学の喫煙所にて、煙草を咥え下品極まりない会話を交わす日々。
毎日朝起きて学校へ行き、昼休みになれば屋上へ向かいこいつと乳繰り合う。
そして放課後になれば、バイトをしどっちかの部屋に泊まり、つーかほぼ俺の部屋にこいつが居候化していて、家事のできないこいつのために飯を作り一緒に風呂に入りセックスをする。
その繰り返し。
満足だが、こいつは物足りないらしい。

『てつ、今日もバイト?』

「んー」

『帰ってきたら起こして』

「おー。おやすみ」

放課後一緒に俺の部屋に帰ると、なまえはさっさと化粧を落としてベッドに潜り込んだ。
風呂は俺が帰ってきてから一緒に入ると決まっているらしく、一人で入ってるとこを見たことがない。
布団から顔を出したすっぴんにキスをして家を出る。
帰ったら、あいつを起こして軽く飯作って、あ、ビール買って帰らねーとキレられる。
んで一緒に風呂入ってセックスして寝る。
とか、思っていたのに。つーかいつものことだったのに。

『あ、てつおかえりー』

どうなってんだ、これは。
今の俺を言葉で表すなら、まさにぽかーん…だろう。
なぜなら、バイトから帰り玄関を開けると、鍵の音を聞きつけたのかあいつが走ってきたからだ。
いつもは俺のベッドですやすや寝ているはずの、あいつが。
驚いている俺になまえは抱きつき、背伸びしてキスをすると何やら焦げ臭い匂いのするキッチンへ無理やり引っ張っていく。
何の匂いなんだこれは一体。
そしてにこにこしているなまえに連れられキッチンに到着すると、キッチンは大惨事になっていた。

「…なまえちゃん、何事?これは」

『ご飯作った』

「…何、これ」

『えーと、これがさんま?の塩焼きで、これが炊き込みご飯で、これが味噌汁で、これがおひたしで、これが唐揚げ』

「ちょ、待って。お前買い物行ったのか?いやそれより、え、これ、作った、の?」

『うん』

キッチンでは、あらゆる調理器具やいろんな野菜が無残に散らばり汚れていて、その横には何やら大量の料理が並んでいる。
さんまの塩焼きも唐揚げも焦げている。
炊き込みご飯は色が変だし、味噌汁には何故かゆで卵が入っている。
料理のジャンルもばらばらだし。
ていうかなまえが、どうしても必要な時以外に自分一人で買い物に行くなんて。
こいつとこういう関係になってから、こんななまえを見るのは初めてだ。

「…なんで?」

『だって、てつ、いっつも遅くまでバイトして帰ってくるのにご飯作ってくれるから』

「…え、お前、そんなん気にする奴だっけ」

『…するよ。こないだ研磨くんにも彼女失格ってゆわれた』

つまり、あれか、このキッチンの修羅場やへたっぴな料理の数々は、きまぐれとかじゃなくて、全部俺のためってことか。
なんかどうしたらいいのかわからない気持ちになってなまえを見つめると、綺麗にネイルの施された指先が絆創膏だらけになっていた。
おま、ベタかよ。
もう俺は堪らなくなって、修羅場の真ん中でなまえを抱き締めた。

「……嬉しい」

『ん』

「…やばい、なんか泣きそう俺」

『え、なんで』

「好きだ」

こいつが、俺のことを彼氏だと、恋人だと思っていたことが、嬉しくてたまらない。
そのうえ俺のために慣れない料理をして、しかも、それは俺の好物ばかりで、怪我までして、こんなにたまんねえことはない。
俺だけが、こいつを好きなわけじゃない。
恋人だと思っていたのは俺だけじゃなかった。
湧いてくる、愛しいという感情をどうすればいいのかわからず持て余し、力任せになまえを抱きすくめる。

『く、くるしい』

「好きだ、好きだ好きだ。あー、もう、好き過ぎる」

『…ご飯たべないの』

「食う。食うけど、我慢できねえから、先になまえにする」

『親父かお前は』

こいつはひねくれてて、照れ屋をこじらせてるせいで好きだと口にできないだけなんだろう。
俺らはそのままキッチンで2回セックスしてから、なまえの手料理を温め直して二人で食べた。
苦くて甘くてしょっぱかったけど、信じらんねえくらい、うまかった。
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