今までわたしを捨ててきた男たちの共通点は4つ。
チャラい、軽い、男。
くらいなもんで、残りのもう一つは”わたしのことを好きではない”ことだ。
いつも誰もそうなので、わたしが付き合った相手に貢いで貢いで振り回されて挙句捨てられる、と言ったことが最早恒例となりつつあるその原因はもうわたし自身にあるとしか思えない。
何度か、いつも好きになるようなチャラい見た目の男じゃなくて、世間一般で言う真面目で誠実な男と付き合ってみよう、そうしたら何かがかわるだろうと思ったことがある。
しかしそれは間違いだったのか、そもそも不可能だったのかはわからないが、その、世間一般でいう、真面目で誠実な男達を、一人としてわたしは好きになれなかった。
そして見事、10人目のろくでなしに捨てられたわたしは気付いた。
わたしのせいだと。
きっとこの見た目がいけないんだ。
そうだ、きっとそうなのだ。
こんないかにも軽そうな見た目だから悪い男ばかり寄ってくるに違いない。
思い立ったわたしはすぐに行動に出た。
まず、今まで好んで選んできた露出の多い布の面積の狭い服をタンスの奥にしまい、清楚な路線の服を買いまくった。
しかし可笑しい。
笑えないほど似合わない。
鏡を見て再び気付いた。
そうだ、この髪色のせいだ。
こんな馬鹿っぽいいかにもすぐヤれそうな髪色をしているから馬鹿しかよって来ないうえに服も似合わないのだ。
わたしは速やかにスマホを取り、行きつけのサロンへ予約を入れた。
「なんじゃ、随分イメチェンしたのう」
行きつけのサロンの馴染みの美容師、仁王さんの言葉だ。
驚いたようにわたしの服装に目をやると、椅子に座るよう促した。
仁王さんとは年も近く、何年もこのサロンに通っているためかなり仲はいいと思うし何でも話せる。
なので事のいきさつを仁王さんに話しつつ、今日は髪を暗く染めると伝えた。
やっぱり清楚な女子といえば黒髪ロングだろうと言うわたしの安直な考えからだ。
仁王さんはわたしのプリンになった金髪を指で梳きながらよくわからない表情をしている。
「暗くって言うても、どの程度暗くするんじゃ」
『とりあえず黒!清楚な感じにしてー』
「…まあ暗くすんのは自由じゃが」
『え、何?』
「一個言わせて貰うと、見た目をいくら変えてもお前さん自身は変わらんのじゃけえ、真面目で誠実な男と付き合えるかはわからんぜよ」
え…と思った。
仁王さんが何を言いたいのか考えてみたけど、やっぱり、こうだ。
わたしは見た目をどれだけ変えようと、中身が変わらないからこれからもろくでなしに引っかかって捨てられる。
そ、それはどうしようもないと思った。
ならどうしよう、もしかして服の路線を変えたのも金をつぎ込んで買い物したのも化粧を変えたのも、もしかして無駄なのだろうか。
それは困る。
助けを求めるように鏡越しの仁王さんを見上げれば、目が合った。
『じゃああたし、どうすればいいの』
「俺にきかれてものう…まあ、根元伸びとるし今日はリタッチか、ちょっとトーン落として染め直すか?」
『トーン落とすって?暗くするの?』
「少しな。真っ黒にしたら次に明るくしたくなった時大変なんじゃよ」
『んー……じゃあちょっとだけ暗くするー』
「色味は?」
『何がいいと思う?』
「そーじゃな…いつもアッシュにしとるから、たまにはピンク系とかどうじゃ?似合うと思うぜよ」
じゃあそうすると返事をすれば、仁王さんは薬を作りに行った。
今日はブリーチしないからちょっと安いかもと思いながら鏡の中の自分を見つめる。
ああー、どうしたらいいんだろう。
しばらくして薬の入った器を持って出てきた仁王さんは手袋をするとわたしの頭に触れた。
『もーわたしわかんなくなっちゃった』
「お前さんは考えすぎじゃ」
『いやいや考えるでしょ、あんだけことごとく弄ばれて捨てられてたら』
「……まあお前さんに原因があるってのは、否定はできんが」
『えー、やっぱり?』
「でも見た目の問題やのうて、中身じゃ問題は」
『……中身?性格悪いかなわたし』
「性格は別に悪くないじゃろ。そもそも、好きになる基準が問題なんじゃよ」
好きになる基準?
男の好みのことだろうか。
それならさっきも言ったように、共通点はチャラい、軽い、男くらいのもんだ。
確かに趣味は悪いかもしれないけど、わたしだって始めからその男たちがろくでなしと知っていて付き合ったわけではない。
最初こそ、この人なら大丈夫、今までとは違うと思っていた。
結果は勿論全く大丈夫ではなかったのだが。
「わかっとるんか?自分がどういう男を好きになるんか」
『んー、そりゃ、チャラくて軽くて……』
「だけ?」
『あと……わたしのことが、好きじゃない?』
「…それじゃろ?原因は」
『え?』
確かにそうだけど。
今まで男から告白されて付き合ったことはないし、好きだと言われたことなんて数回しかないし、浮気もされまくったし、ていうか、わたしばかりが好きだったけど。
だけどそのうち好きになってもらえるって思うじゃん、普通は。
わたしの髪に薬剤を塗り付けている仁王さんを見上げた。
目は合わず、染まって行く髪の毛に夢中だ。
「お前さんは、お前さんに興味無い男にしか恋愛感情を抱けんのじゃろ」
薬剤を塗り終わり、しばらくしてからシャンプーブースに連れて行かれる。
椅子に座った時仁王さんがそんなことを言うので、考えた。
わたしは今まで好きになった男がわたしを好きじゃなかったのは偶然だと思っていたし、何かのきっかけで好きになった男が、わたしを好きじゃなかっただけの話だと思っていた。
まさか、違うのだろうか。
もしかしてわたしは仁王さんの言うとおり、わたしを好きじゃない男が、好きなのだろうか。
好きになった男がわたしを好きじゃなかったわけじゃなくて、わたしを好きじゃないから、好きだったのだろうか。
目隠しをされて仁王さんにシャンプーされながら、思った。
それってわたし、変じゃない?
ただのマゾなんじゃないのだろうか。
ていうか、そういえば。
仁王さんは見た目チャラくて、軽そうで、男だ。
わたしの歴代彼氏との共通点もたくさんある。
なのにどうしてわたしは、仁王さんを好きにならないんだろう。
現に一度も、彼にときめいたことはない。
毎月のように会って、髪に触れて、かっこよくて、優しくて、面白い仁王さんなのに。
いつの間にかシャンプーは終わっていて、髪にドライヤーを当てられる。
ゆっくり乾いて行く髪の毛はピンクベージュに染まっていた。
似合っている。
前の、アッシュを入れた金髪よりもこっちの方が。
ちらりと鏡の中の仁王さんを見た。
目が合う。
ドライヤーの音が止んだ。
『仁王さんって、好きな人いる?』
「わかって聞いとるんじゃろ?」
『わかってないから聞いてる』
「おるよ」
『それって……』
仁王さんは何も言わない。
黙ってわたしの髪にコテを巻きつけ、綺麗に巻いて行く。
どうしよう、胸が痛い。
仁王さんに謝らないといけない気がするけど、謝ったら、もう会えない気がした。
もう、ここへは来れない気がした。
仕上げというように、艶出しのスプレーを吹き付けて、仁王さんは笑った。
「別にいいんじゃ、片思いで」
『………なんで…』
「…そんなん、お前さんを好きになった時点で諦めとるよ」
『………』
「じゃから…せめて、片思いはさせてくれんか。これからも、ちゃんとここに来て欲しい」
返事ができなかった。
声が出なくて、どうにか小さく頷くと、仁王さんはさみしげに笑って、会計を済ませる。
悲しかった。
仁王さんはこんなにも、誰よりも、わたしよりもわたしを知っていて、思ってくれている。
店を出る。
振り返らずに歩いた。
もう、あのサロンに行くのはやめよう。
そう決めて、髪の毛に触れる。
ピンクベージュのロングヘア。
甘い香りがした。