(直接的ではないですが、それっぽい描写が多々あります)






気まずい空気の中、爆豪に手渡されたコーヒーを飲み、わたしは勇気を出して言った。

『そろそろ、帰るね』

と言ったわたしを、爆豪はしばらく無言でじっと見つめてから、ふいと顔を逸らして、「勝手にしろ」とぶっきらぼうに呟いた。
怒られもせず引き止められもしなかったので、安心してわたしはソファから立ち上がった。
そして廊下で爆豪に借りたTシャツを脱ぎ、転々と床に落ちている下着を拾って身につけ、ワンピースとジャケットも着て、洗面台を貸してもらって玄関に放置されていた自分のバッグに入っていた化粧道具で簡単に化粧を直し、爆豪に声をかけてそそくさと逃げた。
爆豪は終始無言だった。

『おじゃましました』

と言ったわたしを、無言で見つめていた。
妙に大人しくて、逆に困った。

そして、爆豪のマンションからの最寄駅を突き止め、電車に乗って今やっと、我が家に帰ってきた。
ホッと気が休まる。
無事に帰れてよかった。
とりあえず、お風呂に入ろう。
昨日は化粧をしたまま寝てしまったようだし、シャワーも浴びてない。
なんか、疲れたな。と思いながら、脱衣所で服を脱いだ。

『え…いち、にい、さん…よん……ご…』

シャワーを浴びている最中。
ビックリするものを発見してしまった。
髪を洗い終えて、体を洗おうとシャワーのお湯を止めた時だった。
鏡に映る自分の体に、小さな痣のような鬱血痕を見つけた。
左肩に、ひとつ。
驚きながら鏡の前で回転してみると、体のいたるところにあった。
しかも、5つも。
左肩、うなじ、右の肩甲骨辺り、背中、ウエスト辺りに残されたそれは、どう見てもキスマークだった。
唖然とする。めっちゃ、濃いキスマークだ。どんだけ吸ったらこんなに濃くなるんだ。
爆豪……しか、思い浮かばない。
意味不明だ。笑えない。
キスマークが残るような近過去に寝た男は爆豪ただ一人。
今彼氏はいないし、もちろんそういう相手もいない。わたしは、言っておくが、性に奔放な方ではない。
むしろ、そういう行為は、交際を始めてから一ヶ月はしたくない。5度目のデートくらいがいい。
しかし、わたしももう20歳になった。
それなりに男性経験もあるし、付き合っていない男と寝るのも、初めてではなかった。
記憶を失くしたのは初めてだが。
だから、特に気にしないようにしようと思っていた。
響香たちにいきさつを聞いて、爆豪との謎が解ければ、あとは忘れようと。
なのに、ますます意味がわからなくなってくる。
爆豪、なんでこんなにキスマークつけてるんだ。
そういう趣味か?キスマークをつけるのが、好きなのか?興奮するのか?
それとも、そういうものだと思ってるのか?性行為にはキスマークも含まれるとでも、思ってるのか?
一度の行為で、5つもキスマークをつけられたのは初めてだ。しかも濃い。
絶対、昨日吸われた時は痛かっただろうな。わたし、5回も耐えたのだろうか。
複雑な気分になる。
三年間同じクラスだったとはいえ、親しくもない元クラスメイトの性癖を垣間見てしまった。
もしかして、強く吸ってキスマークをつけて、痛がる女を見て、気が高ぶるのかもしれない。
爆豪は、なんかそういう…エスっ気がありそうだし。陵辱して喜んでいそうな、イメージがある。
記憶がない分、邪推してしまうのは申し訳ないが。
わたしが昨夜、どういう扱いを受けたのか。すごく気になる。
とりあえず、体に異変はない。キスマーク以外は。痛いところも特にない。
爆豪の寝室のベッド脇のゴミ箱に、大量のティッシュと、使用済みのコンドームが2つ捨ててあったのを見たので、避妊はしてくれたようだった。
2つあったということは、昨夜少なくとも二回は致したということになるが。まあ、それは気にするところではない。
酷いことはされていないと考えていいだろうか。
爆豪の家で起きた事までは、響香たちも聞いても知らないだろうから、爆豪のプレイ内容については、わたしも知る由がない。
とりあえずは。
どうして、爆豪とそういうことになってしまったのか。
その理由を、探らなくては。





シャワーを浴び、昨夜化粧したまま寝てしまったので肌への謝罪としてパックをし、冷蔵庫に残っていた野菜なんかを使ってスープを作り、簡単にご飯を済ませた。
そして響香にアポを取り、外出の支度を始める。
透は今日はデートだそう。羨ましいことだ。

スキニーデニムにシャツを合わせ、家を出た。
化粧ノリは微妙だった。家に帰ったら即落とそう。
パンプスのヒールが、かつかつとアスファルトを叩く。
もう空は暗い。久しぶりの休日だからとのんびりしていたら、あっという間に夜になった。


「なまえー、こっち」

指定されたカフェバーに入ると、テーブル席に座っている響香が片手を上げた。
背の高い椅子に腰掛け、ミニスカートから網タイツを履いたすらっとした脚を組んでいる響香は、色っぽい。
エロいなーと思いながら歩み寄ると、向かい側に座るように促された。

『急でごめんね』
「いーよ、ウチもアンタに聞きたいことあったし。電話しようと思ったら、ちょうどなまえから連絡きたからさ。ちょうどよかったわ」

さっぱりした様子で言う響香は、オシャレなカクテルを飲んでいる。
響香はお酒が強い。しかもカクテルが似合う。
とりあえず、カフェバーのメニュー表に目を落とした。
何か頼まないと…と思いながらたくさんのドリンクメニューを目で追っていると、おもむろに響香の手がメニュー表にかけられた。
ネイルアートの施された指先に、一瞬思考が止まる。

『なに?』
「なまえは、酒はダメだよ」
『え、なんで?』
「…覚えてないの?アンタ、昨日カクテル一杯飲んだだけで潰れたじゃん」
『……そうだったの?』
「え、マジで覚えてないの?もしかして、記憶ないわけ」
『うん』
「どんだけ酒弱いの……」

響香は、「あちゃー」と言いながら頭を抱えた。
初めて知った事実に、唖然とする。
朝から唖然としてばかりだ。
わたしは、チャイナブルーを一杯飲んで、潰れたらしい。
記憶が失くなるほど。破滅的にお酒に弱いことが発覚した。
記憶がないのは、アルコールのせいだったのか。と、少し納得する。

「とりあえず、ノルアルのドリンクか…カフェメニューでも頼んだら?この時間なら、まだコーヒーもあるし」
『うん』

呆れた面持ちの響香の提案を飲む。
カフェラテにしよう。手を上げて店員さんを呼んだ。

「で、どこまで覚えてんの。昨日のこと」
『えーと…響香たちとバーでお酒飲んだところまで』
「カクテル飲み干した直後に、トイレ行ったことは?」
『…覚えてない』
「……その後、何故か爆豪と一緒に戻ってきたことも?」
『え、爆豪いたの?』
「アンタ……何も覚えてないじゃん…」

再び、響香が頭を抱えた。
わたしは響香の話に衝撃を受ける。
バーに、爆豪がいたらしい。
わたしは、チャイナブルーを飲み干した直後にトイレに行き、何故か爆豪と出てきたそうだ。
意味がわからない。爆豪は、一体いつからバーにいたんだ。

店員さんが持ってきてくれたカフェラテを飲む。
ストローを軽く噛んでも、何一つ思い出せない。
昨日、こことは違うバーで人生初のお酒を飲んだ。
そこに爆豪がいたらしい。
話を聞いても全く理解できない。

「もう、アンタべろんべろんだったんだよ。カクテル一杯でよ。ベロッベロに酔ってさあ…バーの店員さんもビビってたよ。フラフラしながらトイレ行って…いつまで経ってもトイレから戻ってこないから、まさか便器に溺れたんじゃないの?なんて心配してたんだよ、ウチら。そんで、様子見に行こうと思ったら、爆豪がなまえ抱えて出てきたんだよ」
『…爆豪、いつからいたんだろ』
「さあ…ウチらより先にいたのかもしんないね」
『………』
「そんでさ。フラッフラのなまえ抱えて、爆豪が、俺が連れて帰るぞ。とか言い出したわけよ。え、何があったの?って感じじゃん?ウチらからしてみれば。でも、爆豪じゃん?質問には何も答えずに、なまえのバッグ引っつかんで、鬼のような顔してバーから出てったんだよね。あ、金は爆豪があいつの財布から出してたよ」

えー!?と、叫びたい気分だ。
響香たちの証言が全てだったのに、あまり謎が解けなかった。
しかも、わたしのお酒代を爆豪が出したというではないか。返さなくちゃ……。
わたしは、何をしたんだろう。
多分、トイレかトイレの前とかで、爆豪に会ったんだと思うけど。
そこからどうなったら、お持ち帰りされるんだ。
やっぱり、「ムラムラするから抱いて!」とかって、迫ってしまったのだろうか。そんな、性に積極的な女ではないだろ、わたしは…。

「なんだ、覚えてないのか…ウチらも気になってたからさ。爆豪と何があったのかとか、あの後どうしたのかとか、聞こうと思ってたんだけど」
『……ここだけの話にしてくれる?』
「…え、何。秘密にするのは、いいけど。なんかあったの?……まあ、アレで、何もないはずがないか」

響香は口が硬い。信用できる友達だ。
少し、予想がついていそうな顔をする響香は、テーブルに肘をついてわたしを見つめる。
意を決して、口を開いた。

『…朝、起きたら。爆豪と寝てた』
「……やっちゃったの?」
『多分……わたしも爆豪も裸だったし、腕まくら…というか、なんか抱き締められてたし…めっちゃキスマークつけられてたし……それに、ゴミ箱に…ゴムが、捨ててあった』
「……使用済み?」
『うん…2つも』
「2つも?ハハ、爆豪元気だな」

笑い事じゃないんだ。
一応周りに気を使って小声で話してみたけど、混乱するばかりで何も解決しない。
響香は笑ってるし。
行き詰ってしまったらしい。

「ていうか…キスマーク何個もあんの?爆豪て、イメージそのまんまだね。独占欲の塊っていうか」
『え?』
「え、何」
『いや…そうなる?』

キスマーク=独占欲?なのか?
確かにそういう解釈もできるけど、相手はわたしで、爆豪だ。
わたしは、ただの性癖だと思う。
めっちゃ強く吸われたはずだし、絶対昨夜のわたしは痛かったはずだ。
爆豪は、そういうのが好きそうだし。痛いことをして、喜ぶというか。
失礼すぎるだろうか。でも、そうとしか思えない。

『…爆豪さ、案外優しかったんだよね』
「優しかった?」
『うん。起きた時、即追い出されるかと思ったんだけど…ぎゅってされたり、服貸してくれたりして…しかも、コーヒーまで淹れてくれたし…チューしてきたし。やったら、情が移っちゃうタイプなのかな。意外と』
「いや…鈍すぎでしょ、アンタ。昔から思ってたけど……」

響香が、呆れ顔でため息をつく。
え、なんの話?と思った。
多分わたしは今、カフェラテ片手に間抜けな顔をしている。
?みたいな。不思議そうな顔をしている、自覚がある。
響香が、呆れ顔のまま口を開くのを、そのまま見つめた。

「爆豪が優しかったのは、なまえだからじゃないの?」
『え?』
「情が移ったんじゃなくて、元々情があったんでしょ。もうこの際だから言うけど、爆豪って、高校の時アンタに惚れてたよ」
『は?』

は?と思ったら、それが口に出ていた。
今のわたしは、さっきとは打って変わって、訝しげな顔をしているだろう。
響香の言っていることが、理解できない。
爆豪が、何だって?
高校の時アンタに惚れてた?え?アンタって誰?

「やっぱ、気付いてなかったか。ホント鈍いな……爆豪、三年間ずっとアンタのこと好きだったと思うよ。卒業してからは、流石に知らないけど」

いや、何言ってんの?と思った。
頭の中が激しく混乱する。
爆豪が、わたしのことを好きだった?
いやいやいや、何の冗談だ、それは。
しかも三年間って、あり得ないだろう。
そもそも、わたしと爆豪は、まともに話したことさえほとんどないのに。

『…いやいやいや。わたし、爆豪と喋ったのなんて、3回くらいしかないよ』
「そりゃ、爆豪いっつもアンタに話しかけようとして挫折してたもん。アンタが鈍すぎて。ずーっと後ついて行ったりとかしてたよ、ストーカーみたいに」
『え…いや、それは、ないでしょ…』
「気付いてなかったの、アンタくらいだよ。アンタがいつまで経っても爆豪のこと気づかないから、最後の方なんて、相澤先生が気ィ使ってたくらいだよ。爆豪のこと流石に気の毒に思ったみたいでさ、三年の時、アンタやたらと爆豪と日直したり教科書運ばされたりしてたじゃん?アレ、相澤先生なりの気遣いだよ。流石にヒーロー学の時は適用外だったみたいだけど。でも、そっか…あんだけお膳立てされても、爆豪アンタに話しかけることすらできなかったんだ…」

かわいそう、と響香が呟く。
わたしはもう、衝撃的すぎて動けなかった。
響香の言っていることを信じられない。
でも、響香がこんな冗談を言うような人間ではないことくらい、知っている。
ちょっと、待ってほしい。
まさか、響香の言っていることは本当なのだろうか。
確かに、高校三年生のとき、一年から三年まで担任だった相澤先生がやたらと、「日直は爆豪とみょうじな」とか、「爆豪とみょうじ、基礎学のノート集めて持って来てくれ」とか、わたしと爆豪に雑用の仕事を押し付けてきた記憶はある。
でもそれはただ単に目に付いたからとか、理由があるだなんて思わなかった。
意味がわからない。
ウソだ、と頭の中がグルグルする。
響香が言うには、爆豪は高校三年間、誰が見てもわかるくらいに、わたしのことを好きだったらしい。
そういえば、爆豪と仲の良かった切島が、やたらと爆豪の話題で話しかけてきた時期もあった。
「爆豪がさー」「みょうじ、さっきの爆豪見たか!?」「爆豪ってカッコいいと思わねえ?」「ぶっちゃけ爆豪どう思う?」覚えている限りでは、そんな感じで。
今思えば、切島はわたしと爆豪の橋渡し役になりたかったのかもしれない。
わたしは切島のそれらの話に、なんでわたしは爆豪と仲良くないのに爆豪の話ばっかりするんだろう?と謎に思っていただけで、特に気にすることなく対応していた。
今思えば、今思えば、そればかりが頭の中に浮かぶ。
わたしは響香の言うように、鈍感だったのだろうか。
鈍いのだろうか、他人に対して。
高校生だった時、そういえば、会話は3回しかしなかった爆豪は、やたらとわたしの近くにいた気がする。
ふと振り返ったらそこにいて、目が合って逸らされていた気もする。
3回の会話は、どんな内容だったか、わたしはあまり覚えていなかった。

混乱するわたしを見て、響香は呆れたように笑みをこぼした。
知らなかった、じゃ、済まされないことを、わたしはしてしまったのだろうか、昨日。
だって本当に、知らなかったんだ、爆豪のことを。
気付けなかったし、誰も教えてくれなかったから。
誰かのせいにするつもりはないけど、もしかしてわたしはずっと、爆豪を傷つけていたんだろうか。

「その調子なら、今も好きなんだろうね。アンタのこと」
『………』
「スゴイな。5年越しの片思いか、爆豪、一途だね…」

ぎっと、胸のあたりが軋むような痛みを覚えた。
ウソだ、そんなの。
全部嘘だよって言って欲しい。
今朝の爆豪の、表情を思い出した。
わたしにキスした直後の、穏やかに見えたあの真顔は、何かを伝えようとしていたのかもしれない。

昨日、何があったのか。
それを知ることは、ほとんどできなかった。
でも、このまま放っておくこともできない。
知らなかったことを、知ってしまった。
確かではないし、本当のところは爆豪にしかわからないことだけど、知ってしまったから、見過ごすなんてことはできなくなった。
爆豪に、会いにいこう。そう思った。
昨日何があったのか、どうしてわたしを抱いたのか、高校生だった頃のこと、爆豪に聞かなければいけない。
もし、わたしが爆豪を傷つけていたのだとしたら。
怖がってばかりいないで、謝らなければならない。


(続く…)
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