「あ!?コーヒーもマトモに淹れらんねえのかよ。チッ、使えねーな」

言い過ぎだ。
わたしは、小包装のコーヒーをドリップして飲む派なんだ。
だから、爆豪の家にある立派で高そうなコーヒーメーカーは、使いこなせないんだ。
文化の違いってやつだ。
そんなことで舌打ちまでされる筋合いはない。
何も言い返せなかったが。






もう一度目覚めた時、わたしはやっぱり爆豪の腕の中だった。
今度は、腰に爆豪の左脚が乗せられていて、その重さに潰されるのだと思った。
わたしは眠くないとか思ったくせに、当然のように二度寝していた。あんな状況で。

「コーヒー淹れて来い」

二回目の起床では、わたしより先に目覚めていた爆豪は、そう命令を下した。
どうして先に起きていたのにわたしを離してくれなかったのかは、謎だ。
コーヒーを淹れて来い。その命令に、わたしは困り果てた。
爆豪の家について、何も知らないからだ。まず今いるのが爆豪の家であるのかも謎だったが、ここは確かに奴の家だった。
無言で動かなかったわたしに、爆豪は舌打ちした。
そして一人起き上がり、わたしを置いてベッドから出て行った。
その隙に逃げようかと思ったけど、捕獲されるのが怖かったのでやめた。
わたしたちは、寝室らしき部屋のベッドで寝ていた。
爆豪はベッドから出て、素っ裸のまま歩くと、クローゼットの扉を開けた。
そしてごそごそと引っ張り出したラフな服をその場で身に付けた。
ジャージとTシャツを着た爆豪は、続いて白いTシャツを取り出して、それをわたしに投げつけてきた。
ベッドに取り残され、シーツに包まって爆豪の機嫌を伺っていたわたしは、突然顔面にTシャツを投げつけられ、死ぬほど驚いた。

「さっさと着ろ」
『え…』
「文句言ったら殺すぞ」

なんて恐ろしい男なんだろう。しかも、会話を成り立たせる気がない。
命令されてしまったので、わたしは投げつけられたTシャツを広げて被った。
ブッカブカのそれをシーツに包まったままどうにか身に付けた。
太ももの真ん中くらいまで丈のあるTシャツ。それを、爆豪はわたしに貸してくれたのだと着てから気付いた。
わたしがTシャツを着ると、爆豪は無言で寝室のドアを開けた。
逃げるチャンスかと思ったけど、わたしが着ていた服は見当たらないし、こんな格好で外を歩いたら逮捕されてしまうので、大人しく爆豪の後ろ姿を眺めた。

「何してんだテメーさっさと来いや」
『え』
「トロトロしてっとブッ殺すぞ」

再び命令&脅されたので、言われた通りわたしはベッドから出た。
フローリングに足をつけて立ち上がると、爆豪はわたしの姿をつま先から頭の先まで眺め回した。
自分が爆豪のTシャツ一枚しか身につけていない変態みたいな格好をしていることを思い出したけど、怖かったので何もできなかった。

「彼シャツ…」

は?と思った。
本当に、はあ?????という気持ちだった。
爆豪は、意味のわからない単語をぽつりと呟くと、無言で寝室を出て行った。
来いやと言われていたので、わたしも仕方なくその後を追った。
廊下に出て、ビックリするものを発見した。
廊下には、玄関から転々と、わたしが昨日着ていた衣服が落ちていたのだった。
玄関には、わたしのミュール。フローリングに上がったところに、ジャケット。そこから少し距離を置いて、ワンピース。そこからまた距離を置いて、ブラジャー。そして一番寝室に近い場所に、パンツ。それらの、見紛うことなきわたしの衣服が、転々と、落ちていた。
昨日、わたしが爆豪に服を、どこでどういう順序で脱がされたのか、鮮明に理解してしまう景色だった。
玄関に入ってすぐに、そういう事が始まったらしい。
意味がわからないし怖かったので、自分の服だけど無視して、爆豪がドアを開けて入っていった部屋に向かった。

そこはリビングだった。
とても広い。爆豪はヒーローとして名が売れているし人気もあるので、良いところに住んでいるんだと納得した。
爆豪は、革張りのソファに座ってテレビをつけていた。
テレビでけーと思いながら、ドアの近くに突っ立っていたわたしに、爆豪は視線とともに何度目かの命令を投げつけてきた。

「コーヒー淹れろ。一式そこにあんだろ」

爆豪が言いながら指差した先には、高価そうなコーヒーメーカーと、コーヒー豆を挽いた粉が詰まった瓶が置かれていた。
それを見ても、どうすればいいのかわからなかった。
コーヒーメーカーなんて触ったことがない。
わたしはいつも手作業でドリップする。

「いちいちトロいんだよテメー、ウッゼェな」

ウッゼェな。本当にうんざりした顔で言われた。
自分で淹れろや…と思ったけど、何も言わなかった。

『やり方わかんないんだけど…』
「ハァ?」
『…コーヒーメーカー、使ったことない』

ハァ?と顔をしかめられて怖かったけど、殺されてはかなわないので勇気を出して呟いたら、冒頭の台詞を吐かれた。
「コーヒーもマトモに淹れらんねえのかよ。チッ、使えねーな」だと。
言い過ぎだと思う。

爆豪は、イライラした顔をして、ソファから立ち上がった。
近付いてくるので、殺されるのかと思って俯いた。
けど、殺されはしなかった。
爆豪はわたしを素通りして、コーヒーメーカーのスイッチを押した。
それから、慣れた手つきでコーヒーの粉を中にセットして、コーヒーメーカーを使いこなし始める。
初めから自分で淹れろやと思いながら、すぐそばでわたしはその様子を眺めていた。

「おまえ何か入れんのか」
『……え』
「え。じゃねーよテメー、さっきからそれしか言わねェじゃねーか!うぜえからやめろ、次言ったら殺すぞ!」
『はい』

え。を禁止された。
爆豪はものすごくイライラしたようで、目尻を釣り上げてわたしを見下ろしている。
怖い怖い、これマジでヒーローかよと思いながら、目を逸らして殺されてはいけないので爆豪を見つめた。

「なんか入れんのかって聞いてんだろ。入れるか入れねえかさっさと答えろグズ」
『…何に?』
「コーヒーに決まってんだろ!」

また怒られてしまった。
爆豪の機嫌はほんの些細なことで角度を急激に変えるので困る。恐ろしい。
コーヒーに何か入れるのか。それは、もしかしてコーヒーをわたしの分も淹れてくれているということだろうか。
なんでそんな施しを…何か裏があるのか。
怖いけど、コーヒーを出してくれるなら飲まないと殺される。

『…入れない方向で』
「方向って何だ、意味わかんねェんだよ殺すぞ」

なんで爆豪はいちいち殺すぞを語尾につけるんだろう。
もしかして、方言だろうか。爆豪地方の。
何言ってんだわたしは。バカか。

「ブラックでいいんだな」
『はい』
「なんで敬語だよ。さっきから、テメーふざけてんのか?」

ヒッ!と思った。
爆豪は、わたしの敬語に違和感を覚えたらしい。
マズイ。これを糸口に昨日の記憶がないのがバレたらどうしよう。

『ううん。ごめん』
「何謝ってんだ」

何をしても文句をつけられる。
爆豪に、どういう距離感で接すればいいのか、全然全くわからない。
記憶にある爆豪との会話は、高校の時に交わした三度のものだけだ。
しかも長いものでもなかったと思う。
わたしにとっては爆豪はただの暴君で凶悪な顔見知りなのだが、爆豪にとっては違うみたいだった。
昨日、何かあったに違いない。
なんですぐに家を追い出されないのか。
一夜限りなら、即追い出されそうなものなのに…案外、一度寝た女に情が移るタイプなのだろうか。
イヤ絶対ないわそれは。

「いつまでも突っ立ってんじゃねーようぜえな。座ってろ」

眉を潜めて命令された。
爆豪はわたしが何をしてもうざいらしい。
なのに何故帰宅を促してくれないんだ。
爆豪は、「一度寝たくらいで調子乗ってんじゃねーよ用が済んだらさっさと帰れやビッチ殺すぞ」みたいなタイプだと思っていた。
なのに全くそんな素振りを見せない。
むしろ目覚めてから抱き締めたり二度寝したりTシャツを貸したり、まるで彼女扱いだ。
一夜限りの女ですらこんな風に扱うなんて、だったら本命の彼女はどんだけ甘やかすんだろう。考えてみると恐ろしい。
何故爆豪の家に留まらないといけないんだ。怖いから早く帰りたい。
でもコーヒーを恵んでくれるという爆豪に「帰るわ」なんて言ったら殺されると思うので、素直に従うことにする。
爆豪がソファを指差したので、黙ってソファーの前まで歩いた。
端っこに腰掛けると、その座り心地の良さに驚く。
これ絶対高いやつだ。いいなあ。

『あ』
「あ?」

正面にあるテレビに目を移した時、ちょうど始まったニュース番組。
そこで紹介された事件とヒーローに、つい声を上げてしまった。
後ろで爆豪が凄んでくる。
対して交流もなかった元クラスメイトと寝てしまったという衝撃で死ぬほどビビってたけど、少しだけ慣れてきた。
爆豪はいつも通りだ。奴のいつもをそんなに知らないけど、高校の時に話した時と同じような感じなので、なんだか恐怖心も薄れていく。
寝たからといって殺されることもなさそうだ。
でも絶対わたし何かやらかしたんだろうな。帰りたい。

『爆豪出てるよ』
「は?」
『テレビ』

テレビには、爆豪が映っていた。
昨日の昼に敵を倒して捕らえたらしい。ボンボン爆発を起こしながら敵を捕らえる爆豪が、テレビに映っている。
それを見ながら、どうしようかなあと思った。
昨日何があったのか知りたいし気になるしなかったことにしたい。
けど爆豪に尋ねることはできない。
流石に全部覚えてません、なんて言ったら殴られてしまう。
やっぱり適当にやり過ごして帰宅して、響香か透に電話しよう。
そんなことをぼんやりと考えていると、わたしの背後に爆豪が立った。
なんで背後に立ってるんだと思って、顔だけで振り返る。
爆豪は、ソファの背もたれに左手を置いて、右手でわたしの後頭部を掴んだ。

『え……』

え。を、また、言ってしまった。
爆豪の顔が近付いてきて、唇が重ねられたからだ。
ぴしりと体が硬直する。
ソファに座ったまま、無理に後ろを向かされて、首が痛い。
後頭部を掴まれているので、逃げることもできない。
爆豪は、少し顔を傾けて、わたしの唇に自分のそれを押し付けてくる。
キスされていた。
高い鼻が、わたしの頬に押し付けられる。
爆豪の柔らかい唇が、わたしの下唇を弱く吸う。
革張りの背もたれに片手をついて、背中を丸めるようにしてわたしにキスする爆豪は、穏やかな表情に見えた。

「………」
『………』

ちゅ、と小さな音を立てて、唇が離れた。
がっつり目を開けて微動だにしなかったわたしを、爆豪は怒りもせずに真顔で見つめてくる。
意味がわからない。
なんでキスを、今のタイミングで。
どういうことだ。
腰を屈めたままの爆豪の顔が、至近距離にある。
凶悪な目つきの、双眼。
オレンジがかった赤い瞳を、呆気にとられて見つめることしかできない。
今のキスの意図が、全くわからない。
今朝は、意味のわからないことばかりだ。連続で起きすぎて、現実とは思えない。

テレビから、「それではまた来週」と明るい声が聞こえてきて、はっとする。
爆豪は変わらずに真顔で見つめてくる。
眉間に皺も寄せずに。いつもの凶悪な顔は、どこやったんだ。
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