「おまえ、あいつのこと好きなんだろ」

一瞬、クラスメイトが何を言っているのか理解できなかった。
相澤くんは、何も問題はないみたいな、異常などどこにもないみたいな顔で、わたしを見下ろしている。
この人何言ってるの?と、頭の中でハテナがぐるぐる回る。
今は、戦闘訓練の真っ最中だ。
わたしと相澤くんは、協力して戦闘相手のペアを捕まえなければいけない。
今、正にその時だった。
これから戦闘相手のペアが隠れているビルに潜入して、戦わないといけないのだ。

さっき先生に配られた確保テープを握る右手が汗ばむ。
意味がわからない。
わたしたちがいる場所も、ビルの中にも、たくさんの監視カメラがあって、クラスメイトと担当の先生が、モニタールームで監視というか、観戦をしている。
耳につけている小型無線。音声も、先生だけには筒抜けだ。
つまりわたしたちの会話は先生に聞かれる。
相澤くんは、フリーズしたわたしを、いつものぼんやりした真顔でじっと見下ろしてくる。この人、前から変な人だとは思ってたけど、いよいよおかしいのかもしれない。

『何言ってるの?あいつって誰?』
「そんなんおまえが一番知ってんだろ」
『いや…今授業中だよ?』
「知ってるよ。舐めてんのか」
『え!?』

相澤くんは、少し眉間にしわを寄せた。
意味がわからない。なんで不機嫌になられなければいけないんだ。ムカつくべきなのはわたしだ。
なんで戦闘訓練の真っ最中、これからクラスメイトと戦闘ってときに、恋バナなんか始めるの?この人、頭おかしいのかな。
相澤くんは馬鹿じゃなかったはずだ。そりゃ、ものすごい頭いい!天才!ってほどではないけど、それは多分必要以上に勉強をしていないだけの話で、必要な分だけの知識しか持っていないからで、無駄が嫌いだからで、多分頭はいいのだと思っていた。
普段から合理的合理的不合理不合理とか言って、いかに時間を合理的に使うかに拘り、授業中はしっかり起きているけど休み時間はほとんど寝ている、昼休みすらご飯もそこそこに睡眠に当てている相澤くんを、変人だとは思っていたけど、ここまで変だとは思わなかった。
邪魔しないでくれ!と強く思う。
なんで戦闘訓練の時間を選んだのか、本当にわからない。
恋バナをするのはいいけど、できれば休み時間とか自習の時間とか放課後とかを選んで欲しかった。

「おまえら何やってんだ、さっさと突入せんか!!」

耳に押し込んだ小型無線から、先生の怒鳴り声がした。
ビクーッと肩が揺れる。
怒られてしまったじゃないか!と相澤くんを見上げると、彼はわたしを見て鼻で笑った。
はあ!?と思ったけど、これ以上時間をロスしたら先生に怒鳴り散らされるので、相澤くんのことは無視することにして、ビルに潜入する。
全く本当に理解できない。

ていうか、あいつって誰?
わたし、好きな人いないんだけど。




「みょうじ!おまえこれ見た!?ヤバくね!?」
『は?うるさいんだけど』
「見ろってこれ!!」

放課後になると、山田が大声で絡んできた。
声が個性の山田は、職場体験の時にプレゼント・マイクというヒーロー名を自分に付けてから、周りからもそう呼ばれている。マイクと。
山田よりもマイクの方が、しっくりくるからだろう。
ホントうるさいし。
わたしの机の上に、何かの雑誌を叩きつけた山田は、前の席から椅子を引っ張ってきて横に座った。
こいつ、室内でサングラスかけてるところなんかとても気に入らないんだけど、いい奴なので我慢している。

『え!オールマイト』
「やっぱ見てなかったんかー、オレいい仕事すんなー」
『なにこれ、めっちゃカッコいい!』

山田が持ってきた雑誌には、オールマイトがデカデカと映っていた。
ヒーローコスチュームではなく、シックなタキシードを着ている。
カッコいい!ナンバーワンヒーローのオールマイトのことが、わたしは昔から大好きだ。
チョーかっこいい。
コスチューム姿もいいけどタキシードもいいなあ、オールマイトと結婚したいなあと思いながら、ニコニコと雑誌を見つめていたら、隣でマイクが「ヒッ」と悲鳴を上げた。
突然の悲鳴にビックリして顔を上げると、わたしの机の真ん前に、相澤くんが立っていた。

「怖ッ!なんで睨んでくんの消太クン!!」

マイクの悲鳴は、突然現れてガンを飛ばしてくる相澤くんに向けられたものだったらしい。
相澤くんは、わたしの正面に机を挟んで立っており、顔は正面を向いているのに目だけで机の上の雑誌を見下ろしていて、今さっき二、三人殺してきました。みたいな顔になっている。
相澤くんは、目つきがよろしくない。
眠たげで気だるげでぼんやりしていて生気がない。
そんな人にガンを飛ばされて、雑誌の中のオールマイトがかわいそうだ。
ていうか、なんでオールマイトを睨んでいるのか全くわからない。

『相澤くん、どうしたの?』
「こんなオッサンのどこがいいんだ」
『は?オールマイトはオッサンじゃないよ!』
「オッサンだろ。無駄に彫りの深い不合理なオッサンだ」
『何言ってるの?相澤くん、オールマイト嫌いなの?ていうか、不合理なオッサンって何?』
「貸せ」

全ての疑問をシカトされた。
相澤くんは雑誌に手を伸ばすと、それを掴み上げた。
何するの?と思いながら見ていると、なんと相澤くんは、雑誌を両手で掴んだと思うと、一思いに、それをバリイッと裂いた。

『!?』
「!?」

薄めの雑誌だったし、真ん中くらいで開いていたので、真っ二つに裂かれても不思議ではない。
が、何故そんなことをするのか。全くもって理解できなくて、衝撃的で口がぱかっと開いた。
隣に座っている山田も、わたしと同じリアクションを取った。
それ、山田の雑誌なんだけど。
ていうか相澤くん、オールマイトになんの恨みがあるの?
相澤くんは、真っ二つに切り裂いた雑誌をわたしの机に置くと、両手をズボンのポケットに突っ込み、わたしを見下ろしてくる。
やけに不満げな顔だ。その顔をするのはわたしのはずだ。

「オイッ!?何故だ!?消太!何故俺の雑誌をォ!切り裂くんだよォォ!!」
「うるせえ黙れ」
『山田は被害者だよ?それは酷すぎる』
「そいつの見方すんのか。やっぱ好きなんだな」
「は?」
『は?』

山田とハモってしまった。
やっぱ好きなんだな?え、山田が?
あ、さっきの戦闘訓練の時に言っていた「あいつ」って、山田のことだったのか。

『何言ってるの?今日の相澤くん、イカれてるよ』
「ホントな。今日はどうしたよ、消太。こいつが俺のこと好きとか、ありえねーんですケド」
『そうだよ、ありえないよ。わたし、正直山田って男としてナイと思う。だって室内でサングラスかけてるんだよ?そんな非常識なヤツ、わたし受け付けないよ』
「そこまで言わなくてもよくねえ!?俺だっておまえみたいなアホは嫌だわ!!もっと教養のある美人を選ぶわ!!俺にも選ぶ権利があんだぞ!!」
「何言ってんだおまえ。みょうじはかわいいだろ」
「え!?」
『え!?』

また山田とハモってしまった。
相澤くんがあっけらかんと言い放った単語に心臓がドコッと跳ねる。
かわいい!?わたしが?そんなこと初めて言われたんですけど。
え、嘘?わたしを騙して駒にして遊んで捨てようとしているのだろうか?
我ながら、わたしは今険しい顔をしていると思う。訝しげな。
だって意味不明だ。

「それマジで言ってる?消太、大丈夫?」
「俺は正常だ」
「みょうじがかわいいって!?ハハハ!おまえどうかしてんぞ!!」
『山田おまえ殺されたいの?』
「かわいいじゃねえか。みょうじはクラスで一番、いや雄英で一番、いや日本で、いや世界で一番かわいい」

相澤くん、真顔で何を言ってるんだ。
この人、やっぱり頭おかしいのかもしれない。
嘘だとしてもしつこすぎる。
マジだとしたらやばい。
わたしをかわいいなんて、やばい。きっと目が腐ってる。いや相澤くんの個性は目なのに、腐ったら困るか!

「おまえこいつのこと好きじゃねえんだな?」
『え?うん。山田を好きになるくらいなら死を選ぶよ』
「だからそこまで言わんでもいいじゃん!!」
「なら高校卒業したら結婚してくれ」
『は!?』
「は!?」

まただ。また山田とハモった。
それどころの話じゃない。
相澤くんは、いつもの生気のない真顔で、プロポーズしてきた。
意味がわからなすぎて辛い。
いきなりクラスメイトから何の前触れもなしに求婚された。
意味わからなすぎて涙が出てきそう。

『結婚って何?』
「やべえみょうじが壊れた」
「俺と家族になろう」
「消太も壊れてるやべえ」
『結婚にメリットってあるんだっけ?』
「ヒーローの嫁だぞ。玉の輿ってやつ、女は好きだろ」
『確かに…ん?でも待って、わたしもヒーローになるんだけど』
「できれば専業主婦になって欲しかったが、まあ共働きでもいい」
『でも、高校卒業してからすぐに結婚は早すぎない?せめて二十歳になってからにしてくれない?』
「おまえがそう言うなら」
「おまえら結婚すんの?付き合ってもないのに?頭ダイジョーブ?」
「心配すんな。結婚式には呼んでやる」
「マジで!?じゃあスピーチやらしてスピーチ!俺そういうの絶対得意だわ!!」

まあ、いいか。
どうせ貰い手もいないし、相澤くん好みだし、変な人だけど強いし、なんかわたしのこと大好きみたいだし。
嘘だったとしたら殴って半殺しにするけど、まあその時はその時で。
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