「副担任の仕事には、担任のサポートも含まれてる。そうだろ?」
『は…はい』

そうです。
でも、どうして。
相澤先生は、わたしの上に乗っているのですか。

「この間、おまえが風邪をこじらせた時。夜通し看病してやったのは、誰だった?」
『相澤先生です…』
「飲み会で潰れたおまえを、介抱して家まで送り届けてやったのは?」
『相澤先生です…』
「俺は、俺のクラスの副担任であるおまえの世話を、よくしてるよな。仕事中に飽き足らず、私生活まで」

申し訳ないと、思ってます。
本来ならわたしが補助すべきところを。相澤先生には、多大なるご迷惑をかけている、自覚もあります。
けど、どうして相澤先生は、わたしの両手首を掴み、ベッドに押し付け、押し倒したわたしの体に覆い被さっているのですか。

「だったら、おまえも。俺の私生活をサポートしてくれても、いいんじゃないか?」

相澤先生が、ニヤッと笑った。
わたしの上に被さって。
真上にある相澤先生の顔は…怖い。

状況を、整理させて欲しい。
まず、今日は土曜日。勤め先の雄英、そして担当するヒーロー科では、土曜にも授業が6限まである。
当然ヒーローであり教師であり副担任であるわたしも、通常通り職務を全うした。
そして、さっき。
仕事が終わると、相澤先生に誘われた。
わたしが副担任を務める1年A組の担任である相澤先生とは、たまに飲みに行く仲だった。というか、仕事についての相談なんかを、仕事終わりに居酒屋で聞いてもらったりすることが多かった。
わたしは去年教員免許を取得したばかりの新人中の新人、ペーペー中のペーペーだ。
わたしの母校である雄英高校の校長先生に、「ウチで先生しない?」とお声をかけていただいて、二つ返事で頷いたわたしは、雄英を卒業してから即立ち上げたヒーロー事務所をパタンと畳み、四年続けたプロヒーローから、雄英教師に転身したのである。
そんなわたしに「ヒーロー科一年生のクラスの副担任」というポジションを押し付けてくれたのは、校長先生その人だった。人というか、小動物ではあるが。
恐れ多いし経験もないし自信も皆無だったけど、「君にとってはキャリアアップ。こっちにとっては優秀な人材を迅速に育成し確保する。一石二鳥とは正にこのことさ!」という校長先生に、上手いこと言いくるめられて副担任になってしまった。
わたしの直属の上司というか、教育係というか、同じクラスの担任に決まっていたのが、相澤先生だった。
相澤先生は、厳しかった。本当に。たくさん怒られたし、たくさん叱られた。何度も挫けそうになったけど、自分で言うのもアレだが、わたしは頑張った。
そして、最近では相澤先生とも打ち解けて、二人で飲みに行ったり相談を聞いてもらったりする仲にまでなれた。

今日も、それだった。そのはずだった。
職員室で相澤先生に「飯食いに行くか」と、誘われた。それにわたしは、すぐに頷いた。
そしていつものように、二人でよく利用する居酒屋へ行き、お腹を満たし、いい感じにお酒を飲んで、クラスの生徒の話や後に待っている行事なんかについて話したりして、夜も11時を過ぎた頃に、わたしと相澤先生は居酒屋を出た。
ほろ酔いだったわたしを、相澤先生は腕を掴んで支えてくれた。
大きな手にきゅんとしたのだが、今はそういう問題ではない。
相澤先生は、タクシーを止めた。それに二人で乗り込んで、「話がある」という相澤先生を、わたしの部屋に招いた。
いつものように、仕事の話だと思ったからだ。
相澤先生は今までに何度かわたしの部屋に来たことがあるし、彼が言ったように、以前わたしの風邪を夜通し看病してくれたこともある。
だから、二人でわたしの住む部屋のあるマンション前までタクシーで移動して、降りた。
お金は相澤先生が払ってくれて、きゅんとしたのだけど、そういう問題でもない。

そして、わたしの部屋に上がった相澤先生は、徐にわたしの手首を掴んだ。
玄関で。
何?と思ったけど、わたしはパンプスを脱ぐのに忙しかったので、特に気には止めなかった。
相澤先生も靴を脱いで、部屋に上がった。わたしの手首を掴んだまま。
わたしは、相澤先生に手首を引っ張られて歩きながら、不思議には思った。
どうしたんだろう?と。
相澤先生は何故か、寝室に直行した。
ガチャ、と勝手に寝室のドアを開けて中に入った相澤先生に、わたしはついに何かおかしいことに気付いた。
相澤先生は、ずんずんと歩いた。無言で。
そして寝室の端に置いてあるダブルサイズのベッドに、わたしを突き飛ばした。
掴まれていた手首をぐんっと引っ張られて、ほろ酔いのわたしは素直にベッドにダイブした。
ビックリしながらベッドに体を預けると、ぼよん、とベッドの上で体が跳ねた。
何事!?と思い、体を起こそうとしたわたしに、相澤先生は覆い被さってきた。
わたしの頭の横にそれぞれ両手をついて。わたしの腰を挟むように両膝をついて。

ベッドに押し倒された、と気付いて、わたしはビックリしたので、相澤先生を押しのけようとした。
その手を、すぐに掴まれた。両手を掴まれて、ベッドに強く押し付けられた。

状況は、わかった。
でも意味が、わからない。


『あの、相澤先生…話が、あるんじゃ……?』
「おまえ、アホか?あんなもん、口実に決まってんだろ」

相澤先生は、わたしをベッドに押し倒したまま、真顔で言う。
口実って、何の!?意味がわからない。
なんで、部屋に上げたら突然寝室に押し込まれてベッドに押し倒されないといけないんだ。
どうにか逃げようと思った。
けど、相澤先生は力が強くて、腕がピクリとも動かない。

『し、私生活をサポートって?わたしにできることなら、しますよ。相澤先生、何かお困りですか?』
「ああ。やらせてくれるか?」

相澤先生が、ニヤッと笑いながら言った言葉を思い出して、尋ねた。
そしたら、真顔で尋ねられた。

『やらせる?何を?』
「おまえ…いくつだ?今、22とかじゃなかったか?」
『はい。もうすぐ、23になります』
「男作ったこととか、ねえのか。副担任として、俺の性生活をサポートしてくれって、言ってるんだが」
『せいせいかつ…?』
「鈍いな…男女がこの状況でやることは、多くねえだろ」

男女が、この状況で、やること。
それは、つまり……。
さあっと、顔から血の気が引く。
つまり、こういうことだろうか。
男女が、この状況で、ヤるコト?

「むしろ、一つだ」

追い討ちをかけられた。
男女が、ベッドになだれ込んだ。女の上に、男。
わたしも、もうすぐ23歳になる普通の女だ。ヒーローとはいえ、普通に生きてきた。
それなりに、男性経験もある。
相澤先生の言いたいことがわかって、頭の中が混乱した。

『あ…相澤先生は……』
「何だ」
『まさか、エロいことを、するんですか』
「何を、今更。気付くのが遅いぞ…しかもその言い方は、色気がねえ」

相澤先生はバカにしたように笑った。そのついでに、貶された。
色気なんて、元々持ち合わせていない。
相澤先生は、まさかの暴挙に出たらしい。
言っておくが、わたしと相澤先生は、そういう関係じゃない。
担任と副担任。それ以上でも、以下でもない。
正直に言えば、わたしはそれ以上の感情を、相澤先生に抱いてしまっているけれど。
もっと正直に言えば、しばらく前から、相澤先生のことが好きだけど。
こんなのは、困る。

『こ、困ります!そんなの…』
「だから、今更。遅えよ」
『なんでですか?こんなの、ヒーローのすることじゃないですよ…』
「おまえには、言われたくねえな。男と二人で酒飲んで、無防備なツラ見せて…挙句には、ホイホイ部屋に上げるような危機感のないヒーローは、おまえくらいなモンだ」

確かに…と、思ってしまった。
相澤先生だからと、信用しすぎたのかもしれない。
悔やんでも、悔やみきれない。
言い訳するなら、相澤先生に誘われて、嬉しかったのだ。
好きな人と二人でご飯や飲みに行くのを、嫌だと思う女なんて滅多にいない。
悲しくなってきた。すぐ目の前にある相澤先生の顔は、いつも通りの無表情。

「散々、気を持たせるようなことしといて…そんなつもりじゃなかったなんて、通用しねえぞ」

呟く相澤先生の顔が、近づいてきた。
どうしよう。やられてしまうのか?嫌だ。
いや、行為自体が嫌なわけじゃない。
好きな人と繋がることは、幸せなことだ。
でも、こんな形では。
副担任として、なんて。仕事として、なんて。そんなの嫌だ。

『ち、違います』
「何が」
『気を、持たせるようなこと…したんじゃ、ないです』
「してたろ」
『それは…そうじゃ、ないんです。わたしは…』
「…………」
『わたしは、相澤先生に…気が、あるんです』

涙が出てきた。潤む視界で、相澤先生の目がわずかに見開かれる。
鼻が触れ合う距離で、相澤先生の動きが止まった。
いたたまれなくて、目を逸らす。
顔が近すぎる。心臓がドキドキして、死にそうだ。

『き…気を、持たせたんじゃないんです。気が、あるから…そうなった、だけで……隠せなくて、すみませんでした』

漏れていたのかもしれない。好きという気持ちが。
それを、誤解された。
軽い女だと思われたのかもしれない。
泣きそうだ。
泣いたら、嫌われてしまう。相澤先生は、面倒臭いものは、嫌いだ。
ぐっと息を詰めて我慢する。
目に溜まった涙のせいで、ベッド横の観葉植物がぐにゃぐにゃと歪んだ。

「…やめて欲しくて、それを今言ってんのか?」
『……そうです…』
「馬鹿だな。逆効果だぞ」

え、と思った瞬間、左手から相澤先生の手が離れた。
その大きな手は、顔を背けるわたしの顎を掴んで、強引に上に向ける。
驚いてされるがままに、顔を上げた。
頬に、相澤先生の鼻が押し付けられたと思ったら、唇が重なった。

『……!』

少し顔を傾ける相澤先生の唇が、わたしの唇の隙間を埋めるように、押し付けられる。
柔らかいものに口を塞がれて、息が止まった。
重なった唇を、わずかに吸われる。
片手が自由になったのに逃げられなくて、目をぎゅっと瞑った。

左手で相澤先生の腕に触れると、上唇を食まれた。
思わず、触れた真っ黒なコスチュームを握ってしまう。
相澤先生の袖をぎゅっと握りしめた。どうすればいいのかわからずに、体が固まる。

「口、開けろ」

低い、声がした。
唇が触れ合ったまま。低くて甘い声に、心臓が壊れたみたいに揺れる。
わたしの顎を掴んでいる相澤先生の手が、そっと動いた。
結んだ唇を開くように、親指が下唇に触れる。
弱く押すようにわずかに下に引かれて、わたしの唇が開いた。

『…ん……』

開かれた隙間から、熱い舌が入ってきた。
口の中にゆっくりと差し込まれたそれに、相澤先生のコスチュームを握る手に力が入る。
わたしの舌先を絡め取るように、相澤先生の舌が口の中で動いて、小さな水音がした。

舌が絡まる。粘膜が擦れる感覚に、背中がぞわぞわと粟立った。
肩が震える。
目を瞑って、それを受け入れることしかできない。
未だに、信じられなかった。
相澤先生にベッドに押し倒されて、片手を捉われて、キスされている、この状況が。
普段の気怠げな相澤先生を思い出すと、恥ずかしくてたまらなくなる。
口の中を舐められて、ぞくぞくする。正直に言えば、そういう気分になってしまう。

舌を吸われて、先を甘噛みされた。
それに、腰が弱く痺れる。お腹の奥が疼いて、その感覚から逃れたくて、右脚を少し立てた。
すると、わたしの顎に置かれていた相澤先生の手が、ゆっくりと首をなぞった。
肩がびくりと跳ねる。
くすぐったくて、息が切れる。
熱い舌に口の中を弄ばれて、それに夢中になっていた。
だから、相澤先生の大きな手がわたしの胸に触れたことに、すごく驚いた。

『ま、って……』
「ん…?」

思わず、わたしの左胸に乗った相澤先生の右手を、掴んだ。
キスされながら制止の声を上げると、相澤先生は優しい声を出した。
目を開けたから、目が合う。
数センチの距離に、血走った三白眼があって、ドキンと心臓が跳ねた。

『や、やっぱり…わたし、こんなの……』
「嫌か?」

相澤先生は、優しい声のまま言った。
嫌です、そう言えばいいのに、言葉が出てこない。
胸を柔らかく掴むように置かれた大きな手に、つい意識が向く。

「俺のことが好きなんだろ?」

唇を少しだけ離して、そう尋ねられた。
わたしを見つめる真剣な目を見つめていると、息が途絶える。
胸がドキドキして、顔が熱くなる。
数ミリの距離にある相澤先生の唇が、喋る度にわたしの唇を掠めた。

『好き…です』
「なら、何も問題はないな?」
『え…な、なんで……?』
「好きな男に抱かれるのが、嫌なのか?」
『…い、嫌って、わけじゃ……』

わたしは、こういうのに弱い。
流されやすいという、自覚がある。
心臓がドキドキする。どんどん、相澤先生に話の主導権を持っていかれている。

「心配すんな、みょうじ」

にっと微笑んだ相澤先生の顔が、近づいてくる。
その微笑みに、心臓が止まるかと思った。
ときめきすぎて、死んでしまう。

「一回目くらいは、優しくしてやる」

呟いた相澤先生の、微笑んだ形のままの唇が、わたしの唇にまた、重なった。
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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