『相澤先生!』
「あ…………!?」

後ろから聞きなれた声に名前を呼ばれて、条件反射で振り返った。
ただ首を捻って振り返っただけの動作を、後悔したのは今日が初めてだった。
後方から俺に駆け寄って来るのは、うちのクラスに在籍するみょうじなまえだとわかっているが、その顔は確認できない。
細い両腕に抱えられた、大きな花束のせいで。

「…………」
『相澤先生、わたしです!』

ピンクや赤、白の、よくわからないヒラヒラした花がこれでもかと大量に束ねられ、いろんな色の紙やセロファンで包まれ、黄色と黒の太いリボンで根元をラッピングされた、初めて見るんじゃないかと言うほど、アホみたいにどデカイ花束から、ひょこっと顔をのぞかせたのは、ニコニコ笑って俺を見上げるみょうじなまえだ。
言っておくがここは学校だ。放課後だが、確実にここは校舎の中だ。
受け入れがたい目の前の光景に絶句する。
何故こいつは、平日の放課後に、学校の中でデカイ花束を抱えているんだ。

『んー、ごほん!…ハッピバースデーイ、トゥーユー!ハッピバースデーイトゥーユー!ハッピバースデーイ、ディーア相澤消太せんせー!ハッピバースデーイ、トゥーユー!!』
「…………」
『ご静聴ありがとうございます!相澤先生、お誕生日、おめでとうございます!!』

みょうじの体に見合わないサイズの花束を腕に抱えて、ゆらゆらと左右に揺れながら、バースデーソングを唐突に大声で歌い上げたみょうじに、もう掛けるべき言葉は見つからなかった。
俺が唖然と絶句しているとも知らずに、みょうじは心底幸せ!みたいな顔して、俺を祝った。
ああ、そういえば今日は、俺の誕生日だったと、三十路も過ぎて別にめでたくもない、自分の誕生日を思い出す。
そういえば朝からちらほらとクラスの生徒に祝われていたが、忘れていた。

『これ、受け取ってください!わたしからの誕生日プレゼントです!』

みょうじは、かすかに頬を赤らめて、嬉しそうに笑いながら、規格外サイズの花束を、あろうことか俺に差し出してきた。
意味のわからないデカすぎる花束が、生徒から教師への誕生日プレゼントだったなんて、知る由も無い。
俺はどうすればいい、と柄にもなく戸惑った。
もう意味がわからない。前から感じてはいたが、確信した。
みょうじの思考回路は狂っている。

『愛を込めて選びました!リボン、相澤先生色にしたんですよ!』

思考停止したまま、みょうじが手に抱えて揺らす花束のリボンに目をやる。
太くて何やらくるくるとしたリボンは、黒と黄色だ。
俺色ってなんだ…服とゴーグルの色じゃねえか、と心の中で思いつつも、みょうじの笑顔を見ていると、「いらん」と突き放すことはできそうになかった。
俺への誕生日プレゼントだという花束は、いろんな意味で重い。

「…………」
『?……はっ!も、もしかして迷惑でしたか?あ、いや、迷惑ですよね!?あああごめんなさい、あの、つい、お祝いしたくて、気持ちが先走って…ごめんなさい、持って帰ります!』

俺の戸惑いにやっと気付いたみょうじは、はっと我に返ったように目を見開くと、何度も謝りながら俺に差し出していた花束を引き、あんなに嬉しそうだった笑顔も引っ込め、しゅんと落ち込んでしまった。
しょんぼりと肩を落とすその姿は、胸にくる。ときめくとかそういう意味じゃなく、罪悪感が募る。
さっきまでの幸せそうな様子からの激しすぎるギャップに、流石に良心がズキズキと痛み、俺は仕方なく、デカすぎる花束へ手を伸ばした。

「……俺のなんだろ。持って帰るな」
『!…も、貰ってくれるんですか!?』
「誕生日プレゼントなんだろ……ありがとな…」
『……相澤先生!』

仕方なしに、花束を受け取ってしまった。
俺でも片手では持ちきれない花束を、取り敢えず左腕に潰さないように抱える。
あくまで、生徒に誕生日プレゼントを貰ったという場面なので、あまり有難くはないが、礼を呟く。
するとみょうじは、しゅんとしていた顔をぱあっと明るくすると、本当に嬉しそうに笑って、ちょっと俺に近づいてきた。

『お誕生日、おめでとうございます!』
「それは、さっき聞いた」
『それから、いつもありがとうございます!わたし相澤先生のこと、大好きです!!』
「………」
『31歳の相澤先生も、大好きです!あ、そうだ、その花、ブーゲンビリアって言う花なんですよ!』

ものすごく明るく、当然のように「大好き」だと言われて、戸惑う俺の方がおかしいのだろうか。
みょうじはおかしなことを言った自覚はないらしく、俺の腕にある花束を指差して、花の名前を教えてくれた。
大好き、っていうのは、生徒が教師に言う言葉にしては、少し変ではないだろうか。

『先生、お返事は、卒業式の日にください!』
「……お返事?」
『それまでに絶対、相澤先生にもわたしのこと、大好きになってもらいますから!』
「…………」
『…じゃ、じゃあ!わたしはこれで!お誕生日、おめでとうございました!さよーなら!』

お返事だとか、卒業式だとか、思わせぶりな単語をポロポロ落としたみょうじは、突然恥ずかしそうに俯いて、かあっと頬を朱に染めると、俺の返事など待つ気はないようで、くるりと身を翻して元来た道をかけて行ってしまう。
みょうじの小さい背中が遠ざかっていくのを眺めながら、今のは、どう考えても、告白だよなと、みょうじのさっきの発言を顧みた。
卒業式に返事をくれ、ということは、さっきの冗談めいた「大好き」が告白で、みょうじはこれから二年と数ヶ月、俺を好きでい続けるつもりらしい。
みょうじが俺に特別な好意を抱いていることには気付いていたが、あまりに唐突で赤裸々な告白に、面食らうのと同時に顔に熱が集まった。
「卒業式までに、相澤先生にもわたしのこと、大好きになってもらいますから」なんて、馬鹿じゃないのかと思う反面、可愛いと感じる自分がいた。
おかしい。本当にあいつの頭の中はどうかしている。
そんなおかしな生徒相手に、見事に翻弄されている俺も、どうかしているのかもしれない。



「あら、良いもの貰ってるわね」
「………」
「ブーゲンビリアね。告白かしら」

みょうじが押し付けてきた花束をどうすることもできず、抱えたまま職員室に戻った。
道中、すれ違う奴全員にガン見されて溜まったストレスは、後日みょうじに発散しようと決めた。
自分のデスクにどデカイ花束を置くと、隣のデスクでコーヒーを飲んでいたミッドナイトが、ニヤニヤしながら花束を指差した。
うんざりしながら、事務椅子に腰掛ける。

「熱烈な誕生日プレゼントねぇ…花束なんて青臭くて最高じゃない、羨ましいわ」
「……これは、デカすぎるでしょう」
「花の数だけ、思いが大きいのよ。花束って案外高いんだから、相澤くんは花屋なんかとは縁遠い生活してるから知らないでしょうけど」
「…………」
「ブーゲンビリアの花言葉、教えてあげましょうか」

赤やピンク、白の、ヒラヒラした可憐な花を眺めて、生徒に高価なものを貰ってしまったことに少し後悔した。
が、今から返却するのはみょうじが可哀想なことになるし、まぁ別の機会にでも形を変えて返してやればいいだろう。
言われた通り、俺には縁遠い花というものを意味もなく見つめていると、ミッドナイトが妖しげに笑った。

「ブーゲンビリアの花言葉はね…ーーーーーー」

同僚の口から花束の意味を知り、再び顔に熱が集まるのを自覚した。
なんてことしてくれるんだと、みょうじの笑顔を思い出しながら、手で覆って顔を隠す。
やはりこの花束は重すぎる。
それなのに嫌な気ひとつしないのは、むしろふつふつと腹の奥に何か別の感情が湧いてくるのは、何故なのだろう。
その答えは、彼女の卒業式までに、導き出されるのだろうが。


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