今日はハロウィンとかいうアホみたいな祭りらしい。
朝から校内にも仮装をした馬鹿がいて、職員室ではそんな生徒を叱る教師陣の声が飛び交っていた。

仮装なんかして菓子を強請る遊びの何が楽しいのか知らんが、昼休みになるとヒーロー科のフロアは仮装した生徒だらけだった。
まぁ昼休みなので好きにしろと思い注意もせず放置し、教室に置き忘れた書類を取りに、自分の担当クラスである1年A組のドアを開ける。

「みょうじ、なんで相澤先生のコスプレしてんだよ!」
『コスプレじゃなくて仮装だよ。百が作ってくれたんだー』
「小さい相澤先生だ!」
「ちっちゃいイレイザーヘッド」
「ミニイレイザーヘッドじゃん!」
「似合ってるわなまえちゃん」
『へへへ、じゃあモノマネしまーす。わたしはドライアイだ!』
「似せる気ねーだろ!!」

「…………」

教室は沸いている。
教卓の前で、俺と全く同じ格好をしたみょうじなまえが首に巻きつけた捕縛武器もどきをぐるぐる回してポーズを決めているせいだ。
ゴーグルまで完全にコピって俺の仮装をしているみょうじの姿に、開いた口が塞がらなくなった。
全く似せる気のないモノマネをし始めたみょうじを囲む切島や上鳴、麗日や蛙吹なんかの生徒は、みょうじの背後に現れた俺に気がつくとハッとした顔をした。
突然顔を青ざめさせるクラスメイトを疑問に思ったのか、みょうじは振り返った。
その瞬間にバッチリ目が合う。

『……動くな!あれは、本物だ!!』

首に掛けていたゴーグルを掴んで目に装着したみょうじは、クラスメイトにそう言うと、くるりと身を翻して俺に向き直った。
なに、何なんだこいつ。こいつこんな馬鹿だったか。いやそれより、なんで捕縛武器もどきを構えてんだ。
戦うのか、俺たち。

「いやいやいや何戦いを挑んでんだよ!」
「逃げろよ!勝ち目ねえって!!」
「なまえさん、靴を造るのを忘れていましたわ」
「八百万、今靴はいいから!」
「つーか、髪の毛上げたら完成度も上がるんじゃねえか?」
「轟!今はボケる時間じゃないから!みょうじのピンチだから!」
『大丈夫!わたしの仲間は、殺させやしなーいよ!』
「「カカシ先生!?」」
「他のマンガの話すんなややこしい!!」

こういうのを、カオスって言うんだろう。
もう叱る気力すら削がれたので、手っ取り早くゴーグル越しに見つめてくるみょうじに、自分の首の捕縛武器を投げ、その細い腕に絡みつかせてから思い切り引っ張った。

『あぎゃあ!!』

馬鹿みたいな悲鳴を上げながら、捕縛武器に捕縛されたみょうじは、勢いよく俺に引き寄せられる。
タックルみたいにして引き寄せたみょうじの身体を抱きとめると、戦いたいようだったので、個性を発動した目で見下ろしてやった。

『ぎゃあああかっこいい!!』
「………」

「「「かっこいい!?」」」

俺の腕の中で意味のわからん悲鳴を上げたみょうじは、どうにか逃れようとしているのか胸を両手で押してきた。
弱すぎて鼻で笑う。
腕を強く掴んだまま無言で睨み続けると、みょうじは何故か頬を真っ赤にして俯いた。

『ひいいいかっこいい…』
「お、おい、かっこいいって何だよ!」
「切島知らないの?なまえって、前から相澤先生にメロメロだったじゃん」
「はぁ!?だから俺に見向きもしてくれなかったのか!」
「それはただ上鳴がウザかっただけでしょ」
「じゃあ今の状況って、なまえちゃんにとっては罰じゃなくてご褒美だね!」
「どんな趣味してんだあいつ」
「轟くん、それは相澤先生に失礼だよ……」
「しかしみょうじくん!君は未成年で生徒という立場だ!教師を恋慕するとはあってはならない!せめて卒業するまではそういうあからさまな好意は控えるべきだぞ!」
「飯田くんブレないなぁ!!」

『先生離してもう無理、腰が砕ける』
「「いや、メロメロすぎだろ」」

こいつら、打ち合わせしてコントでもやってんのか。
みょうじの足が本当にガクガクし始めたので、葉隠の言う通りこれでは罰にならないと思い、小さな身体を捕まえていた手を離す。
その場に崩れたみょうじは、床に手をついて俺を見上げた。

『……先生…』
「…何だ」
『わたし…先生のコスチューム、似合いますか?』
「……ああ。似合ってるんじゃないか」
『じゃあ、トリックオアトリート!』
「は?」
『お菓子くれないならイタズラさせてください!!』

しおらしくなったと思ったら、いきなり元気を取り戻し、みょうじは立ち上がると俺に詰め寄ってきた。
その情緒の不安定さに若干引きつつ、赤いままの顔を見下ろす。

「菓子なんか持ってるわけねえだろ」
『じゃあイタズラします!イタズラしますよ!?』
「おい…ちょっと落ち着け」
『嫌です!このテンションじゃないと、先生にイタズラできないじゃないですか!』
「なまえちゃん!?どんな過激なイタズラをしようとしてるの!?」
「あのテンションは異常だわ…」
「なんか面白えから写メ撮っとこーぜ」
「ああ。後でみょうじに送ってやろう」
「ツーショット喜ぶだろうね、みょうじさん…」

『先生、目をつぶってください!』

目をギラギラさせたみょうじが、俺の腕を掴んでじりじりと壁に追い詰めてくる。
おい、何故誰もこいつの暴走を止めない。何故切島と上鳴は俺とみょうじの写真を携帯で撮りまくっているんだ。

「おい、何する気だみょうじ」
『ちょっと、ちょっとだけだから!』
「興奮しすぎて敬語忘れてるぞ」
『絶対痛くしないから!一瞬だから!大丈夫だからわたしに任せて!』

「みょうじ、彼女の初めてを奪おうとする彼氏みたいになってんぞ…」

切島の呟いた台詞になるほど納得する。
まさに今のみょうじはそんな感じだ。
じりじりと追い詰められて、突き飛ばすわけにも行かず、俺の背中は後ろにあったドアにくっついた。

『えい!』
「ーー!?」

「「「!?」」」

みょうじは、意を決したように俺の胸に抱きついてきた。
脇の下に腕を差し込まれ、細いその腕が背中に回った。ぎゅうぎゅうと抱き付いてくるせいで、腹に女特有の柔らかいものが押し付けられて、俺も男なのでどきりとした。
幸せそうに俺の胸に頬を擦り寄せるみょうじに、何してんだこいつという呆れと、あんだけ過激なことしますみたいな態度取ってこんなことか、という、期待外れ感を同時に味わった。

つい腹にぎゅうぎゅう押し付けられる胸に意識がいってしまい、生徒に性的な目を向けている自分を若干自己嫌悪しつつ、とりあえずみょうじの丸い頭を右手で掴んだ。

「何してんだ、おまえは」
『イタズラです!お菓子くれないから!』
「イタズラはもう終わりだ、離れろ」
『はい!!』

何故か素直に言うことを聞いたみょうじは、ばっと勢いよく俺から離れて、教室の真ん中あたりからみょうじを見守っていた八百万の後ろに隠れた。
顔を隠すように走っていったが、一瞬見えた頬は真っ赤だった。

「意外と可愛いイタズラだったな…」
「みょうじも意気地なしだよなぁ、唇くらいチュッと奪ってやりゃよかったのに」
「でもそんなことしたら、除籍処分にされるかもしれないよ!」
「確かに、それはあり得るな…」
「なまえさん、顔が真っ赤ですわ。風邪かしら、保健室行きましょう?」
『違うよ、これは照れてるだけだから!』
「それ自分で言うんだ…」

「みょうじ、放課後俺のところへ来い。特別に説教してやる」

当初の目的であった書類を教卓から取り出し、ドアに向かいながら言うと、俺と全く同じ格好のままのみょうじは、今更恥ずかしくなったのか小さな声で返事をして、八百万に抱き付いて離れなくなっていた。
正直、あいつはかわいい。特別と言っていい。
放課後どんな態度で俺の元へ来るのか、ほんの少し。楽しみに感じた。
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