席替えがあった。
俺は見事に窓際最後尾というグッドポジションをゲットしたわけだが、あ、ちなみにズルはしてませんヨ。
で、一つ、気になっていることがある。
それは俺の前の席の女子。
みょうじなまえのことだ。
彼女とは、三年になってから初めて同じクラスになって、未だに一度も話したことがない。
用がないからだ。
みょうじは、プリントを回してくる時も無言で顔も見てこないし、逆に俺がプリントを回収するときも、無言で顔も見てこない。
つまるところ、無愛想な奴なのだ。
彼女はいつも、窓の外を眺めている。
それが休み時間でも授業中でも、耳にイヤホンを押し込んで、肘をついて、ぼーっと、じーっと、ずーっと、窓の外を眺めているのだ。
そんな協調性のない女子の何が気になっているのかというと。
変態かと思われるかもしれないが、それは彼女のうなじだった。
いや、勘違いしないで欲しい。
ただ、綺麗なうなじだなぁとか、エロいなぁとか、思って気になっているわけでは決してない。
席替えが行われたのは、三週間ほど前のことで、俺はその日、初めて彼女を後ろから見た。
授業中、暇だったから、前の席の女子の、頼りない小さい背中をぼんやり見ていた。
別にブラのホックを探していたわけじゃない。
そうしたら、彼女が俯いたとき。
その細い首筋、うなじの下に、濃いキスマークを見つけたのだ。
しかも一つではなく、二つでもなく、覚えている限りでは三つほどあったように思う。
真っ白な首筋に、濃いキスマークが三つ。
しかも、彼女は長い髪の毛を全部左側に寄せているから、背中には髪の毛が掛かっていなくて、余計に肌がよく見えたのだ。
まあ、高校三年ともなれば、性行為くらい済ませていても不思議じゃない。
彼女は綺麗な顔をしているから、別にそこまで驚くことでもなかった。
ああ、みょうじって彼氏いたんだな、くらいにしか、席替え初日は、思わなかった。
しかし、翌日のことだ。
俺は前日に習って、授業中、何気なく彼女の首に目をやった。
そうしたら、昨日見つけたキスマークが、一つ、増えているではないか。
彼女のうなじのキスマークは、席替え二日目にして、四つになっていたのだ。
四つのキスマークはものすごく濃くて、どう見てもキスマークで、虫刺されなんかには見えなかった。
それでも、俺はその日も、お盛んなのかな、くらいにしか思わなかった。
しかし、だ。
彼女のうなじのキスマークは、翌日、そのまた翌日、一つ、また一つ、と1日ごとに一つずつ、増えていくのだ。
席替えから一週間ほどすれば、俺は彼女のうなじが気になって気になって仕方なくなっていた。
だって、もう、初日三つだったキスマークが、一週間後、10個になっているのだ。
どういうことなんだよ、と、俺は悩んだ。
毎日ヤッてんのか?つーかなんであんな見える位置に1日一つずつ付けてんだよ彼氏。なんか目的があんのか?ただのうなじフェチなのか?それとも、この彼氏は俺みたいなみょうじの後ろの席の奴をからかいたくてやってんのか?それかみょうじはもしかして毎日違う男とやってるとか、いや、意味わかんねえ意味わかんねえ、と、俺はもうみょうじのうなじのキスマークの意味が知りたくて知りたくて仕方がない。
だが、「なぁ、お前なんで毎日うなじに一個ずつキスマーク増やしてくんの?」なんて、まだ一度も話したこともない女子に言えるわけがない。
下手したら、どこ見てんのよ!なんて平手打ち食らう可能性だってある。
そんなふうに、俺はもんもんと悩んでいたのだ。
が、席替えをしてから二週目に突入すると、今度は違う異変が彼女のうなじに起こった。
今度は、彼女のうなじにキスマークが増えなくなったのだ。
一週間、毎日一つずつ増えていたキスマークが、二週目に突入したら、一つも増えない。
キスマークは10個のままだ。
俺はまた悩んだ。
毎日毎日悩んだ。
彼氏と別れたのかな。いや、うなじはもういっぱいいっぱいだから見えないとこに付けるようにしたとか?いやでも、もうキスマークも消えかかってるし、うなじに付けりゃいいじゃん。やっぱ別れたのか!?と、それはそれは悩んだ。
バレーのことよりみょうじのことを考えていた。
そして、今日。
今日、席替えをした日から、ちょうど3週間目を迎えた。
みょうじのうなじには、もうキスマークはひとつもない。
もう増えないみたいだ。
休み時間、俺は意を決して、みょうじの背中を突いた。

『……何?』

みょうじは、耳に付けていたイヤホンを取ると、振り返った。
大きな目と目が合うと、俺の胸は、何故かびりっと痛む。
え、なにこれ。
すごい勢いで鼓動を刻む心臓。
ド、ド、ド、と、ものすごい勢いで血が流されていく。
全身が熱くなる。
うわ、なんだこれ。
俺は気付いた。
うなじのキスマークのせいで、みょうじのことを考えすぎたせいだ。
俺はいつの間にか、彼女のことが好きになっている。
もう俺のことがわからなくなってきた。
彼女は、怪訝そうに何も言わない俺を見つめる。

「みょうじさ」

『何?』

「俺と付き合ってくんない?」

何と情緒の欠片もない告白だろうか。
バレー部の連中に聞かれたら指差して笑われる。
もう自分がコントロールできない。
あの細い首筋に、うなじに、吸い付いて、濃ゆい、濃ゆいキスマークを残したい。
みょうじは、怪訝そうな表情を深くする。
その喉仏、鎖骨、制服の下の肌を。
どす黒いほど鬱血させたい。
血が出るほど吸いたい。
頭がおかしくなったのだろうか俺は。

「好きなんだ、お前のこと」

みょうじの顔に書いてある。
話したこともないのに何言ってんの、と。
お前こそなんの目的で、毎日俺を悩ませてたんだ。
手を伸ばして、細い首に触れた。
そこは懸命に脈を打っている。
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