愛を呼ぶひと

※世界を渡る対価が聴力ではなく記憶だったら


「……知らない天井だ」


目が覚めて最初に口から出たのはあまりにもベタすぎるセリフだった。やっべ、鈍ったかな……?
隣でガタッと大きな音がして視線だけを動かすと、目に涙をいっぱい溜めた大男が椅子から立ち上がってこちらを見ていた。


「ニュ、ニュウ……!!なまえ、お、お前、目が覚めたのか……!!!!」
「えっ……え?」
「よ、よがっ、よがっだああ……!!おれは、心配で心配で……」
「あの……」
「あっ!!!!そうだ、アーロンさんに知らせねェと!!おれ、ちょっと行ってくる!!!!そこで寝てろよ!!」


興奮した大男にはこちらの言葉が聞こえていないらしく、「アーロンさァーーん!!!!」と叫びながらバタバタと部屋を出て駆けて行く。一体何なんだ……。
どうやら人が訪ねて来るようなので大人しく窓の外を眺めていると、先程の大男がさらに大きな男を引き連れて戻って来た。いや鼻のフォルムが攻撃的スギィ。


「……起きたか」
「あ、はい起きました……」


どうも人間ではなさそうな風貌のその大男に、ここ日本じゃなくない?とは聞けず不安な気持ちでいると、その様子を感じ取ったのか眉を顰めた顔が問いかけた。


「お前、自分の状況わかってんのか?」
「自分の……?いや、ここがどこかわからないし、何でこんなところで寝てるのかもわからないし、それに……」


おずおずと答えると、対峙する顔がみるみる険しさを増していく。どうしてだか悪いことをしたような気分になりながらも、その細められた目を見つめて続けた。


「……あなたが誰かもわかりません……」










最初に部屋にいた大男はハチで、後から入ってきた大男はアーロンと言うらしい。あの後ハチがものすごく取り乱して泣き出したのでかなり驚いたが、アーロンが一喝するとグスグス泣きながら部屋を出て行った。今日はまだ混乱しているのかも……という医者の言葉に、アーロンもまた明日来ると言い残して部屋を出る。その足取りは心なしか重そうに見えた。
医者の話によるとここは偉大なる航路?の途中にある春島?のナントカ島で、先程の人達は魚人という種族で海賊らしい。海賊……と絶句していると、あなたもあの海賊団の船員だったようですよと続けられてますます驚いた。平和一筋で生きてきた私が何をどうすれば海賊になると言うのだ。異世界ってスゴイ、記憶に無いたこができている手のひらを見つめながらそう思った。
翌日、病室を訪れたアーロンから私が船に乗ることになった経緯と、病院送りになったいきさつを聞いた。これは俗に言う異世界トリップだ……と思いながらうーんと頭を抱えると、しばらく黙っていた声が静かに問いかける。


「……船を降りるか?」
「ええっと……あの……どうしたらいいかわかりません……」


俯いて答えると部屋に沈黙が落ちる。気まずっ……。
先生に聞いたがアーロンの一味は人間嫌いで有名な海賊団らしく、と言うことは向こうも私をしぶしぶ乗せていたんだろう。なら経緯はどうあれ、記憶が無いのならもう乗せておく理由は無いよね……。


「……なら、どうするか決まるまでまた乗っていればいい」
「え?追い出さないんですか?」
「……お前がそうして欲しいならそうする」
「いえっ、そんなことは……助かります!行くとこ無いんで!」


慌てて顔を上げると、こちらをジッと覗き込む瞳と目が合った。顔は怖いし海賊だけど、案外良い人なのかもしれない。安堵から意図せず頬が緩む。


「ありがとうございます……アーロンさん」


そうお礼を言うと、一瞬で顔がぐっと怖くなる。なに……何なのよ……。
その後は毎日船員達が交代で部屋を訪れて挨拶してくれたが、残念ながら誰一人として記憶に無かった。ハチを含む、幹部だという三人が連れ立ってやって来た時には、私と初対面の二人はものすごく複雑そうな顔をして口を開く。


「その……さんて付けるのやめろ……チュッ」
「え?でも……偉い人なん……です、よね?」
「……そうだが、お前にそう呼ばれるのは気色悪ィ。敬語もいらねェ」
「き、気色悪い……」


対面で悪口を言われる経験なんてそうそう無い。好かれていなかったんだろうとは言え、そんなにハッキリ言われるとちょっと落ち込むな……と思っていると、ハチが明るい声を出した。


「まあまあ、こうしてまたなまえと一緒に航海できるんだ、明るくいこう!!」
「ありがとう……ございます……」
「ニュ、おれにも敬語はいらねェよ。お前の怪我が治って本当に良かった!アーロンさんも心配してたんだぞ」
「アーロンさんが?人間嫌いだって聞いたけど……」


首を傾げるとその言葉を聞いた三人がギョッと目を見開いて肩を揺らす。そのあまりにも大袈裟な反応についつられて肩を跳ね上げた。心臓に悪い……。


「お前……今アーロンさんと言ったか?」
「え?はい……じゃなくて、うん。ボスなんでしょ?来てくれた人達もみんなアーロンさんて呼んでたし」
「そ、そりゃそうだが……」
「しかしお前……その呼び方は……」
「あ、もしかして馴れ馴れしかった?私なんて呼んでたの?……アーロン……様?」
「やめろ!!絶対やめろ!!心臓に悪ィ……」
「な、何なの……」


大声を出したかと思えば百面相を始めた三人に軽く引いていると、しばらく黙ったままアイコンタクトした後――誰が口火を切るか押し付け合っているようだ――代表してクロオビが聞いた。


「本人をそう呼んだか?」
「うん……」
「ああ…………」


ハチが六本の腕で顔を覆った。ブツブツ言う様はますますドン引きだ。なぜだか部屋に重い空気が漂い、チュウが振り切るように話題を変える。


「あと数日で退院できるんだな?」
「そう聞いてる。私、船旅は初めてだから緊張するけど……。なるべく迷惑かけないようにするからよろしくね」


頭を下げるとまた重い空気が流れた。
……この調子で上手くやっていけるんだろうか……。










退院の日にはハチが病院まで迎えに来てくれた。先生と数人の看護師さんへ挨拶をして、少ししかない荷物を持ち上げようとするとハチがサッと持ってくれる。


「ありがとう。だけどもう怪我は平気だよ」
「いや、おれが持っててやるよ。それより……あの後アーロンさんは病室に来たか?」
「え?いや……二日目に来て以来顔を見てないけど……」
「そうか……」


ハチは考え込むように押し黙り、何を話して良いかわからない私も無言で船まで歩いた。
そうしているうちに威圧的な外観の船へ到着すると、タラップを登って甲板へたどり着く。出港の作業をしていた船員達の視線が一斉に突き刺さって気まずい。


「あの……今日からまたお世話になります。よろしくお願いします」


頭を下げて挨拶すると、方々から小さく呻くような返事が返ってくる。……私、やっぱり結構嫌われてたみたい?戻って来たのは間違った選択ではなかったと思いたい……。
沈んだ気持ちで唇を引き結ぶと、ハチが私の部屋まで案内すると言って歩き出した。慌てて付いていくと、どんどん船内の奥まで進んで行く。下っ端なのにこんなに奥の部屋が与えられていたのだろうか?


「ここだ」
「えっ、こんなに広いなんて……。ホントにここが私の部屋なの……?」
「ああ。荷物はここに置いておくぞ」


ハチが持っていた荷物を置いて立ち去って行く。ありがとうと声をかけ、部屋を見渡した……と、壁にもう一つ扉が付いているのに気付く。
一度廊下に出て隣の部屋の扉をマジマジと見る。もしかして……ここって……。


「いやいや、まさかね……」


頭を振って苦笑してみるも、やはり気になる。少しの間逡巡し、おそるおそる隣の部屋をノックした。しばらくして、気怠げな足音が聞こえて扉が開かれる。


「…………あの、アーロンさん……」
「……なんだ」
「ご挨拶を……」


少しの気まずさを感じながら言葉を紡ぐ。扉の隙間から覗く険しい顔をチラリと見やり、その背後の暗い部屋を覗き込むように視線を動かすと、アーロンは廊下に出て後ろ手で扉を閉めた。


「今日からまたよろしくお願いします……」
「……仕事に戻るのはここでの生活に慣れてからでいい」


ぶっきらぼうにそれだけ言うと少しの間こちらの顔をジッと見つめる。フイと視線が外れたかと思えばもう用は済んだとばかりに部屋に戻ろうとしたので、慌ててその背中に声をかけて引き留めた。


「あの……もし違ったらすみません……その、部屋に扉が……」
「……だから?」
「だから……つまり私、アーロンさんの…………イロ…………というやつだったのでしょうか……」
「…………違ェ」


地を這うような低い唸り声に肩が縮こまったが、その返答に安堵する。
――だよね、良かった。人間嫌い種族の愛人なんてどんな扱いを受けていたか想像もできないし、またそれをしろと言われるのも恐ろしかった。だってこの体格差だし。無理無理、死んじゃうよ。
ホッと息を吐いて頭を下げ踵を返すと、後ろから小さく声が投げかけられた。


「恋人だった」


――え、

慌てて振り返るも、部屋の扉がバタンと音を立てて閉じたところだった。
静かな廊下には、呆然と立ち尽くす私だけが残された。

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