キューピット




今日こそは先輩に告白するぞと心に決めていた。
部活が終わり帰っていく部員の中、先輩だけは校舎に戻っていくのを見逃さなかった。
一緒に部活を見ていた友達に付いてきてとお願いして急いで昇降口へ。
靴を履き替えている先輩に声をかけた。


『神先輩…ちょっといいですか』


先輩はどこか焦っている様子。
チラチラと目線の先には女の人の後ろ姿。
返事がないから私からあの、と声をかけたら同時に先輩も話し出した。


「…ごめん、今じゃなきゃだめ?」


今じゃなくても、と言ってしまったが今日じゃなきゃ言えない様な気がする。
明日行くとクラスを聞かれた時反射的に答えてしまった。
違うクラスを言えば見つからずに済んだかもしれないのに。
先輩が約束を忘れてくれることをただ祈った。


「なにあれ、酷くない?」


駆けて行った先輩を見送った後一部始終を見ていた友達が言った。
酷くなんかない、あんなスーパースターが話してくれるだけでも有り難い。
何度も謝ってくれたしそれに、


『明日約束までしてくれたじゃん』

「そうだけど…」


きっと先輩はあの女の人の事が好きだ。
胸がズキズキと痛くなったけど好きになってもらう方が不可能だったのだと無理矢理自分を納得させた。


同じクラスのバスケ部の奴にたくさん相談に乗ってもらったのに。
明日ちゃんと報告しよう。



***



「なまえ、はよ」


『おはよう信長。あ、あのね』


私の後ろの席の信長。
元々話す方だったけど先輩を好きになってから同じバスケ部ってことでよく話しかけるようになった。


昨日のことを話すとはあ?!と大きな声を出した。


『ちょっと静かにしてよ』

「つ、つい…でどうすんだよ」

『どうするもなにも…あんまり悲しくもないから何処かでダメだってわかってたのかも』

「ふーん…」

『今まで相談乗ってもらってありがと、信長』


なんだか複雑な顔をした信長が気になったけどお昼になればいつもみたいに元気になるだろうと気にしなかった。


***



移動教室の時、廊下で見つけた先輩の姿。
隣にいる昨日と同じ後ろ姿に幸せそうに笑う先輩。
これはもう付き合っているなと確信して二人に背を向け歩き出した。


結局お昼になっても信長は朝のまま。
いつもがあれだから少し心配になる。


『信長どうしたの?保健室行く?』

「いや、なんでもねえ」


立ち上がって何処かに行った彼を不思議に思いながらお弁当を机の上に出した。
包みを解こうと手をかけた時、神さん、と信長が言ったのが聞こえた。


「神さん、どうしたんすか?」

「いや、ちょっと女の子に用があって。
クラスは聞いたけど名前を聞き忘れて…」


私だ、つい声の方に向いてしまったことで先輩も私に気がついた。


「ん、見つけた。ノブ、ありがとう」


立ち上がった私の手を掴んだ信長。
何?と聞いても返事がない。
心配そうな顔に驚きながらただの話だよと言ったけど信用してないのか本当かと何度も問いかけてきた。


しぶしぶ手を離した信長を置いて人気のない教室へ移動した。
何を話せばいいかわからなくて無言になる。

無音の教室に響いた先輩の声。
昨日はごめん、と。


『謝らないでください。昨日もあんなに謝ってたし』

「でも、本当にごめん。それで昨日の話は?」

『あの、先輩のこと好きでした。でも先輩は好きな人居ますよね。応援してます!勿論バスケも』

「…名前聞いてもいい?」

『みょうじなまえです』

「なまえちゃん、ありがとう。
もうちょっと早かったらなまえちゃんのこと好きになってたかも」

『あ、りがとうございます』

「俺とまではいかないけどなまえちゃんの近くに良い人居るよ。ね、ノブ」


会話だけでもパニクっていたのに突然出てきた彼の名前に余計頭がこんがらがる。
なんで信長?と思っていると扉を開けて入ってくる信長。
彼を確認して先輩は私の耳にそっと一言呟いてまたね。と行ってしまった。


先輩の言葉にハテナを浮かべる私。
申し訳なさそうな顔の信長。
教室に取り残された二人。


『ねえ』

「…なんだよ」

『話って?』

「は?」

『信長が大事な話があるって…先輩が…』

「神さんまさか気づいて…」


頭を抱えしゃがみ込み何かをブツブツ言う信長。
何を言っているかは聞こえなかったけどやっぱり調子が悪いのかとしゃがんで背中をさすって大丈夫?と問いかける。


「体調が悪いんじゃねえよ。
…あのよ…俺と神さんじゃ違いすぎて、その、勝てねえだろ?」

『勝てない?何が?バスケ?あっ、身長?でも信長は信長でしょ?先輩とは勿論違うけど勝ち負けじゃないでしょ?信長には信長の良いところがあるよ』

「…っ、お前が悪いんだからな」


いきなり顔を上げた信長。
そのまま数秒見つめ合ってうごきだした彼ににびっくりして目を瞑る。
頬にちゅっと柔らかいモノが触れた。


「お前が悪いんだからなっ!」

『…えっ?』


赤くなりながら仁王立ちで私を見下ろして言い放った後、返事はいらねえ!と出て行った彼を目で見送った。

信長が、私を、好き…?
今までそんな素振りしてなかったじゃん。


『普通そこは唇じゃないの…』


冷静に言ってみたけど顔に熱が集中していくのがわかる。心なしか鼓動も早い。
ナニコレ、なりたくてなってるわけじゃないし。
信長とかタイプじゃないし。
それなのに信長のこと意識しちゃってる自分がいるし。
本当なんなんだ自分。


時間ギリギリになって教室に戻る。
机に伏せている彼に少しホッとしたと同時にまた早くなる心臓。
起こさない様に自席に座る。
お弁当を食べられなかったせいで午後倒れたら信長のせいにしよう。


「おい、みょうじなまえ」

『は?』

「返事聞かせろよ」

『…返事はいらないって』

「今はいらねえ、でもいつか俺を好きにさせる。その時になったらで良い」


伏せたまま私だけに聞こえる声で言う信長。
髪の間から見える耳は真っ赤。
自分より緊張している人を見ると自分の緊張がマシになるってのは本当だったんだ。


『信長ってそんなこと言うんだね』

「…お前にだけだ」

『え?なんて?』

「何でもねえよ!」


ちゃんと聞こえてたよ。
自分の心が彼に傾いているのはわかっている。
けど、いつもと違う信長が可愛いから返事をするのはもう少し後にした。







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