縁側に座り、夕闇に染まる空を美味しい緑茶をすすりながら、眺めていた。ぼんやりと。だいぶ、夜が早くなった。
ざり、と砂利を踏む音が聞こえて、誰だろうと視線をやると真っ黒なスーツを羽織った人が歩いていた。すると、ひらり、と彼から何かが落ちて、僕は急いで縁側を降りた。
それはハンカチで綺麗な山吹の刺繍がなされていた。
「すみません」
少し大きな声を出して、彼を呼び止める。なんとか聞こえたようで、こちらを振り返ってくれた。ざり、ざり、と砂利を踏みながら、近づく。
「これ、落とされましたよ」
「……」
少し驚いたような顔をしてから、訝しげにこちらを見ている。そ、と笑ってしまった。
「そんな怪しいものではありませんよ」
遠くから見るとわからなかったが、近くて見ると思ったよりも若いようだ。同年代ほどではないだろうか。
「綺麗な刺繍ですね、今度は落とさぬよう気をつけて」
一瞬、口端をあげてから、彼はそれを取り、去っていった。おそらく、光晴さんの血縁のある人だろう。ここの奥地まで入ってくることはなかなかできない。さらに、山吹はうちの組では特別な意味をもち、長の家族にしか与えられないものだ。
ちゃんと、ご挨拶しといた方がよかったな、と戻っているときに思った。時遅し。僕ってこういうことよくあるんだよな、反省。
「あ、葵さん!」
縁側に戻ると最近知り合った新人さんが僕がいた場所に座っていた。立ち上がってジーパンのももの部分をひたすらさすっている。そんなあたふたした姿に笑いながら、小さく手を振った。
新人さんはこの辺には滅多にこないのだが、彼は迷いこんできてしまったらしく、柿をとろうと背伸びをしていた僕を見つけて、そ、と柿をとってくれた。
それから一緒に柿を食べて、彼はたまに退屈している僕のところへ遊びに来てくれるようになった。
「また柿でも採りに行ってたんですか?」
「ちがうよ、落とし物を届けにね」
短い金の髪の毛が夕闇に浮かぶ。青いスカジャンの背中には龍が刺繍されている。
そんな怖いお兄さんぶっているが、顔が優しい。
「カズくんって、猫好きでしょ?」
「え?はい」
動物に優しくて、この前、うちの前で落ちていたというケガをした雀をその大きな手のひらに抱えてきたときのことを思い出した。
どうしていいかわからず、ここまで持ってきた彼は走ってきたのか息を乱し、顔は青かった。
適当に応急措置をして、暖かい寝床をつくってやった。すやすやと眠る小さな雀を人差し指で撫でる姿はとても優しいものだった。
「ぴーちゃん、元気かな」
「たまにこの近くで見ますよ」
「え!気づかなかった!今度見に行こ!」
いいっすよ、と笑う彼は到底怖いお兄さんにはなれない優しさに満ち満ちていた。
よしよし、とその短い金髪を撫でるとカズくんは真っ赤になって動揺する。それがまた可愛くておもしろい。
「マジもう、葵さん勘弁して」
耳まで真っ赤にして、眉根をよせる。気弱なライオンみたい。ふふ。
優しい秋の夕暮れに、電子音が鳴り響いた。急いでカズくんは携帯電話を取り出し、少し離れて通話をする。すぐに会話は終わり、カズくんは眉を下げて心底悲しそうに謝ってきた。
「俺、もう行きます」
「うん、お疲れさま」
先輩からの電話だろう。上下が絶対の世界だ。急いだ方がい。
「あ、あの…また来ても…」
少し視線をそらしながら、尋ねてくる。子供のようだ。頬が緩む。
「今日は来てくれてありがとう。今度はゆっくりお茶でも飲もう」
ぱあ、と見るからに表情を明るくして、カズくんは頭を下げてから、走り出した。
「今度はぴーちゃん、見に行きましょ!」
元気だな、おもしろい。くすくす笑ってしまいながら、手を振る。壁にぶつかりそうになってから、角を曲がって見えなくなった。