着替えをすまし、敷いてもらっておいたふかふかの布団に倒れ込む。
久しぶりのお仕事は疲れたな。
すぅ、と勝手に眠りの世界に入っていってしまった。
目を覚ますとちゃんと布団がかかっていた。
「髪を濡らしたまま寝たらダメじゃないか」
「ん、光司さ、ん…」
かすれた声で答える。
枕元に座っているのは、光晴さんの二番目の息子さん、光司さん。確かそろそろ三十代?だけど、お肌はキレイだし、もともと落ち着きがあって大人だったから、本当に年をとってるのか疑問。
ひやり、とした。光司さんの冷たい手が頬を包んだ。でも、この冷たさ嫌いじゃないんだ。
頬を緩めて、その手にすり寄る。光司さんは少しだけ、わかる人しかわからないくらいだけど、ゆるく困ったように微笑むのだ。
その不器用さが兄弟で一番光晴さんに似てる。
僕のハジメテの相手は、光司さんだった。
15歳の誕生日を迎える前に、光晴さんから僕の仕事のことを説明された。
うちの組にとって大切な相手の床の間の相手をすること。それが、僕のお仕事。ここで過ごさせてもらったことへの恩返し。
光晴さん直々に、やれるな?と見つめられて、頭をなでられたら頷くしかなかった。というよりも、やっと僕もみんなの、光晴さんのお役にたてるのかと思うと恐怖で縮こまる心を何度も奮起させられた。
その晩から、僕はお仕事のための準備にかかった。それが、当時医大生だった光司さんが僕に手解きを教えてくれた。医大生という立場から理論的に説明され、僕はそれを頭と身体で熱心に覚えた。
最初は冷静すぎる光司さんが少し苦手だったが、冷たい手が物語る優しさに光晴さんを感じた。
起きあがると暖かい緑茶を差し出してくれた。ありがたく頂戴する。
「昨日は新宿だろ、痛むか?」
「大丈夫。昨日は大人しかったので」
昨日の相手は日によってハードなことを要求する人だったから、光司さんも心配してくれているのだろう。
おそらく僕がうたた寝している間に全身の検診は終えているだろう。少しだけアルコールのにおいがする。
「これ」
「ありがとうございます」
小さな紙袋を受け取る。中にはなくなりかけていた軟膏と軽い睡眠薬。
睡眠薬は滅多に服用しないし、これ自体睡眠薬といえるほど強い薬ではない。おそらく、これを大量に摂取したとしても死にはしない。
ただ、毎日屋敷のなかで、強面のみんなとちょっと遊んだりするだけで、ぼんやりと過ごしているから寝つきが悪いのだ。しかし、仕事はいつくるかわからない。来ない日がほとんどだが、忙しいときは毎日誰かの相手をするし、1日に複数人のところを回ったりもしたときもある。
「眠れてるのか」
ノンフレームの眼鏡越しにわずかに心配の色をうつしながら見つめてくる光司さんに微笑む。僕が眠れないのは精神的なものじゃないかと心配しているのだ。そんなことないんだけど…。頬に触れる手にあまえる。
「本当にたまにしか飲まないんですよ?最近は、ちょっと暑いのもあって寝つきが悪かったので、少しだけ」
おかげさまで元気です!と少しおおげさに見せる。二人だけの空気があたたかい。
「それより、」
少しだけ近寄り、驚かせないようにゆっくりと手を持ち上げ、光司さんの頬に触れる。覗き込む。
「光司さんの方が疲れてるんじゃないですか?」
眼鏡隠れている隈をみつけた。頬に触れていた手を握られた。
「よかったら、休んでいってください」
布団から退けようとすると、制された。
そのまま布団の上に正座に座り直すと、いつものように光司さんはごろりと横になり、僕の膝に頭を乗せた。
「お互い、無理してるんだな」
「僕は無理なんてしてませんよー」
長い睫をおろして彼がいうから、僕は、いーっと歯をだして反論した。それから、二人でこっそりと笑った。
仕事があった翌日に、光司さんは診察にきてくれる。それが光司さんの仕事のひとつでもあるからだ。
僕が仕事を始めてからは、光司さんとは一度だって身体を交合わせたことはない。こうしたスキンシップはするけど、それだけ。セックスはしない。キスもしない。こうして、穏やかな時間を過ごすのだ。
この時間が、僕はすごく好きだ。
静かな寝息が聞こえてくる。僕は少しだけ身を丸くして、おやすみ、と囁いた。