ぽとり。

また今年も、庭に咲く赤い椿がつぼみを膨らまし、花を輝かせ、ぽとりとある日突然、その首を落とす。



光晴さんに呼ばれた。光晴さんに呼ばれるときはいつも仕事のときだ。
ひとつ深呼吸をしてから、声をかけ、返事をもらい、そのかすれたハスキーな声にどきりとしてから、そろりと障子をあける。
白髪混じりだが、気品があり、凛と着物を着こなす姿は何度みてもじんわりと身体があつくなる。刻まれた皺は彼の人生を物語るかのように存在しているが、厚かましくない。ひとつひとつの皺をゆっくりと愛でたい。
畳の上に正座をする。光晴さんは変わらず書類をぺらぺらとめくっている。その動作すらずっと見ていたい。

「今日は新宿だ」

事務的なものだけど、光晴さんの声で喋りかけられて、それだけで頬が緩みそうになる。





僕がここにきて、十年は経っている。ここにきたのは、確か小学生のときだった。
両親が自殺して、残されたのは多額の借金のみだった。それを取り立てにきた怖いおじさんに連れられてきたのが、この広い和装な屋敷だった。わけがわからなくて震えることしかできなかった。怖いおじさんは僕を頭と呼ばれるひとのところへ連れて行った。それが、光晴さんだった。
怖くてわけがわからなくて、今にも漏らしそうだったことは覚えてる。
光晴さんは僕の顔を数秒見、名前を尋ねてきた。震えを抑えながら答えると、僕はその日からこの屋敷で暮らすことになった。
あのときは本当に何もわからなかったけど、とりあえず生きてるって、子供ながらにほっとした。
それから怖いおじさんにも慣れて、むしろ勉強なんか教えてもらったりして、楽しかった。
僕がはじめて客をとったのは、15の時だった。





「み、つはるさん…」

小さな声で名前を呼ぶ。
声は届いている。雰囲気でわかる。張っていた空気がゆるむのだ。長年の経験から感じられるようになっている。
ほう、と書類に臨む横顔に見とれてから、おずおずと動き、光晴さんの隣に座る。
机とは反対の方をむき、そっと光晴さんの肩に触れる。畳と香の優しいにおいがする。この匂いが昔から大好きだ。
光晴さんの負担にならないようにもたれかかるのではなく、そっと、そっと、触れるのだ。肩に指で触れ、頬を少しだけつける。
僕の甘えを許してもらっているのだ。
光晴さんは何も言わずにそれを受け止めてくれる。だから、この人のために頑張ろうと思えるのだ。
好き、だなんて、そんな言葉じゃ語り尽くせない。僕はあまり頭が良い方ではないかうまく言葉にできない。
ふんわりと着物越しに感じる体温が愛しくて泣きそう。
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