ひっく、えっぐ、ひっく、えっぐ
むせながら、僕は裏庭の草むしりをした。誰かに頼まれたわけじゃない。裏庭なんか校舎からは見えないし、誰もこない。夕陽しか差し込まない日頃じめじめしている場所だ。
草むしりは、僕のストレス発散だ。ぶちぶちとひっこぬいてはバケツにためる。
ぽたぽたと涙が地面に落ちる。しかし、地面はいつも湿っているから、涙が落ちた場所なんかわからない。
「弘樹先輩のばかぁ」
僕のいっこ上でバスケ部の部長の弘樹先輩。僕の彼氏。のはず…。
両思いだと思うし、付き合ってる。好きだって言いあえる仲。
付き合い始めて半年がすぎたくらいに弘樹先輩のクラスに転校生がやってきた。なんでも転校初日に食堂で騒ぎをおこし、生徒会長と公然でキスをしたらしく学園は大パニック。それから、生徒会のみんなを虜にし、学園一の悪だという人を虜にし、そして、弘樹先輩も…転校生の…
「ひっく、えっぐ、ばか!弘樹先輩の!ばかあ!!ひっく、えっぐ」
ぶちぶちぶち。
虜なのかは、わからない。
ただ、先輩と会う時間は減った。毎日一緒に食べていたお昼も、夕飯のあと、こっそり寮の近くで並んでお喋りすることも、たまにだけど、先輩と同じベッドで寝ることも。お昼も夕飯も転校生と一緒で、夕飯のあともそれからも一緒。昨日の夜、勇気を出して部屋にいったら、知らないすっごく綺麗な男の子がいた。天使みたいな。
「何泣いてんだよ。ぶさいくがますますぶさいくだぞ」
誰もいるはずないのに。気付けば彼は目の前にいた。
「なんで純くんがいるんだよお!えーーーんっ!!」
純くんは、幼稚舎からのクラスメイト。友達、ではない。純くんは、いっつも僕に意地悪をする。いまも、傷心の僕にぶさいくぶさいく言ってくる。
純くんと僕はお互い勉強があまり出来なくて、いつもクラスのビリ争いをしている。一点でも勝ってるとこれでもかってくらい自慢してくる。
ちっちゃい頃から、僕のことをチビだとかバカにもしてくる。
本当にいじめっこ!
でも、自分が得意なスポーツだとかは自慢してこない。純くんはとてもスポーツが出来る。なんでも。今はサッカー部のエースをやってる。三年生でもないのに。そこは素直にすごいと思う。さらに、人のことぶさいくぶさいく言ってくるんだけど、純くんは世にいうイケメンだから、僕は言いかえせない。
「なんだよ!失礼なやつだな!」
「純くんのばかあ!!」
僕は膝に頭を当ててまた泣いた。
こういう時、何も言わずに隣に座って、背中とか撫でてくれるから、純くんのこと、嫌いになれないんだ。
「……なんで、あんな男と付き合ってんだよ」
僕の嗚咽がおさまってきた時、純くんが冷静な声で尋ねてきた。
「なんでって…なんで?」
「……あいつ、いっつも噂の転校生といんじゃん」
「………」
じくり、と心が痛んだ。
また意地悪言う。
「学校のこと、教えてあげてるんだって」
「もう、三ヶ月もたつのに?」
「色々、サポートしてあげたいんだって」
「そんなのわざわざクラスメイトがすることか?」
「…友達だからじゃないかな?」
「恋人ほっぽっといてか?」
うっ。純くんの問いかけひとつひとつに心が蝕まれていく。
「恋人より大切な友達って」
今日、久しぶりに弘樹先輩に会った。
昨日のショックも忘れるくらい嬉しかった。先輩が会いにきてくれた。僕に。それが嬉しかった。
でも、久しぶりに会ったのに開口一番が昨日のことは忘れてくれ、だって。
つまり、やっぱり、浮気…ってことなのかな?
……ぼく…
「捨てられちゃったのかな?」
ぼろりぼろり、また涙がこぼれる。
「泣くな!男だろ?泣き虫けむしー!!」
背中をばし、と叩かれて、きっ、と純くんを睨みつけると、なぜか純くんの方が苦しそうに笑っていた。
それを聞こうとする前に純くんが前を向きながら言った。
「あーあ!どうせなら、捨てられちまえばいいのに!」
ズキッ。
ひっ、ひどいよぉ…!
「そしたら、俺が拾えるのに」
ざあ、と風がふき、夕陽が差し込んだ。風になびく純くんの髪の毛はきらきらと光り、顔は赤くなっているように見えた。瞳は僕だけを映している。
「それって、どういう…こと…?」
純くんは右手を近付けてきて、僕の涙をぬぐった。
なぜか心臓がざわめく。どきどきする。
「バカ七海」
まばたきをしたら、純くんの顔しか視界にはなくて、一瞬、唇に優しく、あたたかくて柔らかいものが触れた。
僕は何がなんだかわからなかった。
まばたきを数回していると、純くんは立ち上がった。
去り際にもう一度、バカ七海と言って消えていった。
僕にはなんだか全くわからなかった。
次の日から、純くんは僕にいじわるをしなくなった。