家電量販店の売り子。至って普通の。僕の高校の同級生。

ツカサとの関係は知ってる。それでも、僕を好きでいてくれている。

耳に伝わる彼の優しい声が大好きだ。
決して、さえている顔ではないけれど、彼の声が、柔らかい微笑みが、僕の核の部分を揉み解して、溶かしてしまう。

タクシーの中で、そっとメールをうつ。たまたま近くに来たから会いにいってもいいかな?と。乙女のように、少し緊張しながら。
たまたま…だなんて、絶対気づかれてしまうだろう。でも、優しい彼は気づかないふりをして、その偶然を喜んでくれる。彼の笑顔を思い出した身体があつくなるのがわかる。
ドキドキと鼓動を感じながら、しばらくが経ち、返信がくる。
今日は早番で、もう家にいるらしい。お店の方なら、迎えにいこうか?ときた。彼のマンションと勤務先は歩いて五分程度の近場であった。
運転手に行き先をマンションに変えてもらってから、マンションに向かうとメールをうつ。
今度はすぐ返事が返ってきた。
わかった、待ってますと。その後についてる、にっこりとした絵文字をくっつけて。簡素なメールだけど、この絵文字がなによりも愛しく思えて仕方がないのだ。

マンションより少し離れた場所で停車してもらい、歩いた。でも、早く会いたくて。気付けば呼吸が乱れていた。首に巻いていたマフラーもほどけてしまっていた。白い息が絶えず闇に溶ける。
そんな僕を、師走の寒空の下、大きな身体を小さくして彼がマンションの前で待ってくれていた。
たったそれだけで、嬉しくて涙がにじんだ。
僕を見つけると鼻を赤くした彼は、笑顔で小さく手をふった。僕は、まるで迷子の子供がお母さんを見つけたかのように駆けていく。

「ごめんね、待った…?」

胸に手をあて、鼓動を静めさせようとする。

「ううん、全然」

にっこりと赤い鼻の彼は笑う。その笑顔を見ただけで、しあわせで、また涙がにじむ。

「手、真っ赤だよ」

彼はそういうと胸においていた僕の手を握りしめて、暖かい吐息をかけてくれた。指先から火がでるんじゃないかってくらい恥ずかしくて、嬉しくて、ドキドキして、しあわせだった。マンションの階段をゆっくりと登り、彼の匂いでいっぱいの部屋に入る。
その瞬間に、彼にいっぱい甘えたくなってしまう。いっぱい、いっぱい。

すぐに抱きすくめられてしまう。僕も甘ったれだと思うが、それを上回る甘えん坊さんな彼。
本当は膝枕してもらいたいのにいっつもしてあげるのは僕。でも、しあわせそうな彼の笑顔を見ているとそれでいいって思う。

「んっ…」

いつの間にかコートの合間をくくり、冷たい指先がシャツの下に入り込んできた。

「やだ…お風呂…っん」
「……もう、入ってきたんでしょう?」

首筋に鼻をあてられる。

「せっけんの匂いがする…ホテルのにおい」

ひや、とする。
頭が真っ白になってしまいそうなのを、わざと色々頭を回そうとさせる。
それでも、やっぱりダメだった。涙がにじんで、ぼろりとこぼれた。

「ごめん…ごめんね…」

彼の着ているダウンを握りしめていると、勝手に涙がこぼれ落ちた。
やっぱり、悪いことしてるって自覚はあるんだなあって他人事みたいに思った。
彼にも、司にも。
誰も得なんかしてない。

うつむき、涙を流す僕の顔を優しく包み込み、あげさせた彼は同様に優しく、その暖かい唇で涙を吸い取った。そして、暖かい身体で包み込むように抱きしめてくれた。

「ごめん……そんな顔をさせたくて、言ったんじゃないよ…無神経だった、ごめん」

なぜ彼が誤るのかはわからなかった。
嘘をつけるほど彼が器用でないことは誰よりも僕が知ってる。

「……世界で一番、好きだよ…」

震える声を殺して、彼の胸の中で囁いた。

「知ってるよ」

彼は笑って、そう答えた。
それが、なんだかしあわせで。涙がこぼれた。

「だって、オレは宇宙で一番君が好きで、君だけを見てきたんだから」

だから、もう泣かないで。笑おう。

そう彼が言うから、その暖かさにまた泣けてきた。

その夜は狭いベッドで、いつものように抱きしめられながら、眠りについた。僕はもう、彼がいないと熟睡できなくなっていた。



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