かすかな頭痛のせいもあって、瞼をあげると、視界に見慣れないものが映りこんだ。金色のふわふわした…触ると髪の毛だとわかった。
「えっ…」
「あ、おはよう、遼」
髪の毛の持ち主は俺を抱きしめ直してから明るく答えた。
「なんでお前が…」
「なんでって…」
寝起きで回らない頭をなんとか働かせる。
「遼が…遼が…俺のこと、着拒にしたから…」
ぎゅ、と一層強く抱きしめられて耳元で霧人がつぶやいた。その声は震えていた。
ずきり、と心が痛んだ。しかし、すぐにそもそもこいつが悪いということに気付く。冷静になれ。
霧人の肩をつかみ、離れさせる。俺はベッドのふちに座り、口を開いた。
「とにかく、帰ってくれ」
つきりつきり、と二日酔いのせいであろう頭痛がする。
「なんで?なんで…遼、怒ってるの?」
額を押さえながら、必死に頭を働かせる。
「もう、終わったんだよ…俺たち」
苦しくなってきた。声も震えそうだ。
「……え?なに、それ…」
「わかったら、帰れ」
立ち上がろうとした瞬間、強い力で引っ張られ、ベッドに押し倒された。
「絶対、嫌だ。俺は別れない」
ちゃんと付き合ってる認識は、霧人にもあったんだな。
「他のやつに、遼は渡さない。触らせない…」
「ちょっ…」
服を脱がせにかかったこいつに抵抗しようと思った。
が、すぐにやめた。一回付き合ったら、満足して帰ってくれるだろう。つきりつきり、と頭が痛む。
「…なんで嫌がらないの?」
ふ、と手が止まったので、瞼をあげると霧人は泣いていた。
「俺は、遼に乱暴なんかしたくないよ……好きだから…好きなんだよ…こんなに、好きなんだ…」
ぼろぼろ泣く霧人の雫がぽたりぽたりと俺に降り注いでくる。
「別れたくない…やだよ、そんなのやだ…二番目でもいいから…遼の傍にいさせて…」
ぎゅ、と抱きしめられ、肩が雫で湿っていくのがわかる。
「…二番目って、なに?」
口を出た言葉がそれか、と自分でもがっかりした。
霧人はぐ、と息を飲んでから話した。
「浮気…してたんでしょ?その人が好きになったから、別れるって…」
未だ涙をぼろぼろとこぼしながら伝えられた事実に驚いた。
「浮気?俺が?」
「だって、最近帰ってきてなかったから…」
「仕事がたてこんでただけだ…」
大きくため息をついた。
そのため息と共に本音も出てしまった。
「浮気したのは、お前だろ」
小言でつぶやくように言ったが、これだけ密着していれば聞こえない方がおかしい。
「り、りょ…」
「あほくさ…どけ、そして帰れ」
腕で視界をさえぎる。
こんなこと言うはずじゃなかった。浮気のひとつやふたつ見逃せられる男でありたかった。理想は理想でしかなかった。
気配が消え、ベッドから降りたことがわかったから俺も身体をおこした。
「ごめん…!本当にごめんなさい!」
ベッドから降りた霧人はカーペットの上で土下座していた。土下座なんて初めて見たから、驚いてしまう。
「浮気したことは本当にごめん…間がさした、としか言えない…でも…」
下げていた頭をあげて、まっすぐこちらを見てきた。
「俺は、出会ってから遼以外のことを考えたことはない」
そんな言葉にうっかりときめいて、いつの間にか間合いをつめられて手を握られてしまう、俺。バカ。
「…ごめん、今、少し…ほんの少しだけ、嬉しい…」
握りしめたに額をあて、絞りだすような声で言った。
「俺が浮気したってことに、ちゃんと遼が怒ってくれて…」
「……なにそれ…」
「俺…少し、不安だった…遼は仕事が忙しくて、なかなか会えなくて…俺は毎日淋しかった…」
霧人がそんなことを思っているとは、知らなかった。
「でも遼は平気な顔してたし…俺、年下だからガツガツしてるとか思われたくなかったから、我慢してた…だから、毎日のメールとたまの電話がすっごく楽しみで、うれしくて…しあわせだった」
手をかすめる熱い吐息と、震えている声に霧人の想いが身体に流れこんでくる。
「最近ますます遼は忙しくなって、メールも電話も前より減って…不安になってて…そんなとき優しくされて、甘えて…遼を傷つけた…本当にごめん」
顔をあげた霧人は泣いていた。
握りしめられた手から伝わる体温。久しぶりの、霧人のぬくもりだ。
もっと、ほしくなってしまう。
浮気されたのに。どんな理由があろうとも、浮気されたのに。
それでも、手が伸びてしまった。
霧人の頬に手をそえ、涙を掬った。暖かい。
その手を優しく握りしめられ、頬ずりされる。そして、手のひらに唇をあて、霧人はささやいた。
「遼、好き…好きだよ…だから、そばにいさせて…」
「……霧人…」
名前をつぶやけば、あまりにも久しぶりに名前を呼んだ気がした。霧人は目を見開いてから、とろけた笑顔をみせた。
「やっと…名前、呼んでくれたね…」
俺の好きな笑顔だ。
「………もう、しないって…誓えるなら…ハグしろ」
言葉を言い切る前に抱きしめられて、よろけてしまった。
「誓う、誓うよ!遼がそばにいさせてくれるなら、なんだって誓う」
泣きながら、俺の名前を言い、顔をこすりつけてくる。それを可愛いな、と思い、受け入れてしまった時点で俺はもうダメだったんだ。