「明石先輩…っ」

振り返れば、そこには小さい男が立っていた。髪の毛はキューティクルばっちし、睫毛は長く瞳は大きい。ああ、今日の相手はこいつか。口角があがる。

「いいぜ、来いよ」

不安げだったその顔は赤く染まった。足を進めればそいつはついてくる。俺はメールをうつ。今日、部屋に来いと。恋人である唯人に。




行為が終わると早々にシャワーを浴び、今日の相手を帰らせる。
俺が風呂にいる間にシーツを替えておけといった通りに一夜の友はこなしてくれたようで、俺は安心してベッドに倒れる。

今日も唯人は来なかった。
俺と唯人は付き合っている。もともと、ふらふらしていた俺だが、唯人に告白されてから少なくとも三ヶ月は唯人以外を抱いたことはなかった。
付き合って一ヶ月の記念日に俺は唯人のハジメテを頂いた。それから身体を重ねる回数は増えていったが、だんだんと断わられることも増えた。全寮制だったし、二日に一回だったものが、三日に一回になり、気付けば一週間に一回に。もしくはそれ以上に。
溜まったそれを吐き出すために自慰をし、そして汚れた右手を見て呆然とした。

気付いた時には、空き教室で知らない男を組み敷いて思う存分欲を吐き捨てていた。その時感じたんだ。ああ、これが本来の俺だ、って。
しかし、どこか心に虚無感があったが、すっきりしていた俺は特に気にしないようにして、自室へ帰った。
その時、部屋の前に唯人が立っていたんだ。合鍵は持っているはずなのに。
目があって、俺は声をかけた。

「どうしたんだよ?」
「いや…なんでもない、よ…」

最初は力なく笑おうとしたようだったが、唯人は目からぼろりと大粒の涙をこぼした。ひとつこぼれると、ふたつみっつ、と止まらないようだった。そのまま俯いて唯人は泣き続けた。
部屋に入り、ソファーに座らせて落ちつくように暖かい飲み物でも作ってやろうと立ち上がろうとした時、唯人は俺の服の裾をつかみ濡れた瞳で見つめてきた。

「僕は…賢のこと、好きだよ…すごく、すごく好きだよ…賢…賢、僕のこと…」

また大きな雫が頬を伝う。眉を寄せ、震える声で唯人は、嫌いにならないで…と囁いた。
こんなにも唯人に求められたのは始めてで、俺は我慢出来ずに唇を塞ぎ、そのままソファーで交わった。あれだけ欲を吐き出したというのに、唯人に触れるとまるでさっきの情事が嘘かのように欲情して止まらなかった。
後々話を聞いてわかったのだが、どうやら唯人は俺が他のやつとセックスしていたのを目撃してしまったらしかった。
それからは、溜まったら他のやつを呼び、唯人にセックスを見せ付けた。そうすれば、唯人は泣いて俺を求めた。その時だけは、確実に唯人の心も身体も全てが俺でいっぱいなのだとわかったし、それで俺は満たされいた。

数回それを繰り返していた。しかし、唯人は部屋に来なくなった。最初は体調が悪いと。次は課題が終わらないと。次は委員会があるからと。何かと理由をつけていたが、最近はメール自体帰ってこなくなった。
学年がひとつ下である唯人とはなかなか会えなかった。今まで、会おうとしてくれていたから会えたのだとわかった。俺は唯人がいつどこにいるのか一切知らないことに気付いた。
無駄にでかく、広いこの学園はひと学年のクラス数も多いし、寮も学年ごとに塔が違う。特進の俺と普通科の唯人は学ぶ校舎も違う。
会って怒りをぶつけたいのに会う方法がわからない。
それにもまたストレスが募る。

最後に唯人とセックスしたのはいつだろうか。キスは?触れたのは?最後にいつ、会った?
多分なんだかんだでふた月は会っていないだろう。最後に来たメールは一ヶ月以上前だ。それからはいくら俺がメールをしても帰って来ない。

「唯人…」





朝、目が覚めると唯人から一ヶ月以上ぶりのメールが着ていた。
今日の十九時に唯人の部屋に来てほしいというものだった。

「んだよ、今更…ふざけんな…」

ひとり悪態をつく。しかし、やっと霧が晴れ、晴天が見えたような気持ちになった。その日はいつも以上に長く感じた。


「何、にやにやしてんだよ」

声をかけられて、はっとした。

「朝からずっと携帯なんか眺めちゃって」

手元には朝きていた唯人からのメールが表示された携帯。

「なんかいいもの?」

隣からフルーツオレを啜る村居が覗き込もうとしてきて携帯をポケットにしまう。
村居ハジメとは幼稚舎の時から高校三年までずっと同じクラスに通う腐れ縁の唯一の友人だ。

「ま、いいけど」

はい、といちごオレを渡してくる。好みも理解してくれていて、一緒にいることがすごく楽だ。俺はそのいちごオレを啜る。そして空を眺めながら、唯人になにを言おうか考えていた。





とりあえず、連絡しなかった理由を聞こう。頭ごなしに勝手に怒りをぶつけても仕方ない。俺は年上なんだし、余裕持たないと。
購買で唯人の好きなシュークリームも買ってきた。きっと笑顔で唯人は食べるだろう。その笑顔を想像すると早く会いたくなる。
ドアの前でひとつ深呼吸する。合鍵を回し、部屋に入ると玄関には唯人のローファーの隣に唯人のものよりも一回り以上大きいローファーが並んでいた。同室者はこんなにも足が大きかったのか。少し疑問がわいたが、そんなことはどうでもいい。早く唯人の部屋に行こう。

「あっ…だめ、っん」

聞こえてきた声は間違いなく唯人のものだった。ドアノブにかけようとした手がそのまま止まってしまった。かすかに開いたその隙間から中を確認する。

「…っ、ああっ、ん」

ギシギシとベッドの軋む音とやけに耳につく粘着性のある水音。
ベッドの上に座る男にまたがり、シャツだけがだらしなく羽織られているのは、唯人だった。
必死に男にしがみつき、上下に揺さぶられながら、頬を染め眉を寄せ、喘いでいた。
あんなにも快感に震える唯人、見たことがなかった。

「だめっ、やっ、あっ、ん」
「唯人…気持ちい?」
「い、です…ふ、っあ…」

男の声に、聞き覚えがあった。しかし、まさか…
動きが止まり、唯人と男は見つめ合った。どうやらキスをしているようだった。

「…村居先輩は、僕として…気持ちいい、ですか?ん、ああっ!」

唯人が尋ねると男はわずかに腰を動かした。
それよりも、今…

「言ったでしょ?エッチの時くらいは、名前で呼んでって」
「ごめ、なさい…はぁ…なんだか、恥ずかしくて…」

ムライ…?
俺が聞いて心当たりがあるムライは一人だけだ。

「俺たちは、恋人同士なんだよ…唯人、好きだよ」
「ん…ハジメさん…」






どうやって部屋に帰ってきたのかわからない。
ただ、わかることは真っ暗の部屋の中、俺は、ひとりだということだ。







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