「え…?」
「もう、ダメだよ…俺…」
好きな人には、セックスしてもらえない。なのに、知らない男に犯されているところを、好きな人に見られる。
もう耐えきれなかった。
仕事で辛いことはたくさんしてきた。蛇を相手にしたことだってある。しかし、それ以上に心が苦しかった。
ぼろぼろとまだまだ涙がこぼれる。
「なんで?……なんで、奈央人さんは、俺のこと、抱いてくれないの…?」
「……それは、」
「愛しているから?俺には、そう思えないよ…もう、ダメだよ…奈央人さんの気持ちが、わかんないよ…」
もう一度別れようと言った。奈央人さんの表情はわからない。情けなくて、顔を手で覆っているから、外がどうなっているかなんてわからない。しばらくは、俺の嗚咽しかなかった。
なんか、言えよ…
「亜樹は、俺がどれだけ君を好きかを、わかっていない…」
かすかに震えたため息が聞こえた。
「俺は、絶対に別れたくない。なぜなら、君が…好きで好きで、たまらないからだ」
「じゃあ…っ!」
がばりと起き上がり、ベッドに腰掛ける奈央人さんと目線が近くなる。奈央人さんは、困ったように笑った。笑うのも、こんなに喋るのも珍しい。そして、そっと涙を親指の腹で拭ってくれた。暖かい手だ。また涙を誘う。
「………怖いんだ…」
「え…?」
奈央人さんから、こんな弱気な発言が出てくるとは思いもしなかった。
「こんな言い方、あまり良くないだろうけど…君は、たくさんの人の相手をしてきた…」
それは……
ぐっ、と喉がつまった。
「わかってる、好きでやっているわけじゃなかったこと」
優しい声に、また涙が出る。涙腺は弱くないんだけどな。
「俺は、三十路なのに…実は、童貞なんだ」
あまりの衝撃に思考が停止した。
だって、奈央人さんは寡黙だけど見た目はいい。髪がちょっと長くて、メガネでややオタク臭いけど、ハンサムなんだ。スタイルもいいし、頭もいい。仕事だって、売れっ子だ。料理も得意だし、心配りは忘れない。礼儀正しいし、振る舞いも優雅だ。ただ、少し変わってるけど。
「…二十歳の君が今まで経験してきた人間と比較されるのが怖かった…君を、満足させる自信が、なかった…」
俺に背を向けて、奈央人さんはうなだれていた。
「だから、素人の俺なんかより、プロの人にやってもらった方が君にはいいと考えていたんだ…」
「全然良くないよ」
奈央人さんの意外に筋肉質な二の腕をつかむ。
「…身体は、前の仕事病で感じちゃうけど、でも…俺は、全然嬉しくなかった…ただ…つらかった…」