ひとしきりこなし、こいつはまだ足りないようだが風呂を勧め、嫌がるこいつをひとり、なんとか風呂に入れる。その後、嫌悪感に塗れる身体を拭ってから、彼を探しに家を出る。彼が出ていくのはわかった。あいつは、バカみたいに腰振ってたから、気付いてなかったようだが。かれこれ、出ていってから一時間は経っていた。
しかし、彼はすぐに見付かった。ドアの前で小さくなっていた。
彼の目の前にしゃがみこみ、そっと頭を撫でる。
「泣いてるの?」
ぱしんと手を弾かれる。
弾かれた右手を垂らし、左手を腕の隙間にいれ、顔をあげさせる。
彼は、ずっと鼻をすすった。顔は涙でぐちゃぐちゃで、目は真っ赤だった。
うさぎのようで、可愛かった。頬がゆるんだ。羽織ったシャツの袖で涙を拭ってあげる。
涙がたまっている瞳とぶつかった。その瞳は、きれいだった。聞かなくても彼の聡明さを物語り、美しい彼の根源であろう。
吸い込まれるように、キスをした。いや、キスだなんて俗っぽい言葉で表現したくない。そんな神々しいものだと感じた。
「……ここから、離れよう」
彼の手をとり、マンションを出た。あいつの携帯にメールを送信し、電源を落とす。きっと、帰ってきたら部屋の大掃除だな、と決意しながら。前も何度かあった。本当に急患がいたため、途中で家を抜け、職業である医師としての仕事を全うし、帰宅すると部屋がめちゃくちゃだった。とにかくめちゃくちゃだった。
あの時、めんどうくさくてほとんどのものを捨てた。だから、薙ぎ倒されるものはほとんどない。が、少しだけ馴染んでいたコーヒーカップが残念に思った。
そんなことは、どうでもよかった。
彼と車に乗り込み、とりあえず高速に乗った。彼はずっと外を見つめ、たまに鼻をすすった。愛しくて、何度ものぞくうなじに噛み付きたくなった。でも、そんなこと出来なかった。
車を止め、一緒に砂浜の上に座った。波が押しては返し、押しては返し。海なんて、いつぶりだろうか。
お互い無言のまま、もたれあう。肩と頬に触れる頭から、か細く彼が呼吸していることを感じる。
月が海面に映っている。眩しい。
「きれいだ…」
そうつぶやいた彼は、歩…と力なく波音にかき消されるくらいの音量で囁いた。
その横顔は、本当にこの世のものとは思えないほど、美しかった。きれいだった。優雅だった。
一粒頬を伝った雫がきらきらと月明かりに照らされ。
誘われるかのように、その雫を唇で掬い取った。あまかった。
その後、近くの一番大きなホテルの一番いい部屋をとり、キスをした。
大きく柔らかいベッドに彼を横たわらせ、キスをした。
首筋を舐めると、塩の味がした。胸の小さな突起を舐めると、吐息をもらし、しがみついてきた。股間の膨らみを舐めると、焦燥しているかのように、苦しいように、声を出した。彼の精液はあまかった。なにより、愛しくて、飲み干した。その口で彼の舌を舐めると、彼はとろんとした瞳をした。その瞳もまた、きれいで、その表情に誘われて一度射精した。部屋についていたローションを使い、とろとろに解してから、僕らはひとつになった。それはそれは、じっくりと。こんなに時間をかけたものは、始めてだった。
こんなに満たされた気持ちは十年来だ。とにかく、彼が愛しかった。
彼は涙を一粒こぼして、歩と呟いた。そして、吐精した。
べたつく身体をくっつけあいながら、眠りについた。
僕は、やっと会えたと心の奥底からしあわせに浸った。十年来の安眠についた。