学園にある日突然やってきた、一切の情報を隠し持つ歩。明るく、素直で真っ直ぐで、純真で。見ていて全く飽きない。
そして、本当の僕をみつけてくれたのも歩。
笑顔の仮面を叩いてくれた。それから、僕は本当の笑顔を歩にだけは向けることが出来た。ずっと一緒にいる現生徒会会長も、他生徒会メンバーにも一般生徒にも、誰一人にも見せない特別な、僕を。
一緒にいるだけで本当に満足だった。喋っているだけ、から、見つめあえるだけ、に変わり、一緒にいるだけ。
しかし、どんどん歩のことがもっともっともっと知りたくなった。そして、僕だけを見てほしい。歩の全てがほしい。
一切隠されていた情報をなんとか露にし、たどり着いたのが坂田義憲という人物だった。この男も履歴書にあるようなことしか情報が見つからなかった。
情報をこそこそかぎ回るのにもイライラしてきた。
気付いたら、ヤツの自宅を訪れ、目の前のドアが開いた。
坂田義憲は、スタイルはいい。が、顔は普通だった。こいつの何が歩に関係するのだ。自分で自然と目付きがきつくなるのがわかる。
「なにか?」
「僕は、字実学園で副会長を勤めるものです」
「その、副会長さまが何の御用で?」
坂田は全く表情を変えることなく、答える。思ったよりも、声がいい。低く、柔らかい。しかし、そこに感じるのは拒絶。
「歩のことです」
目の前の男は、またも表情ひとつ変えることなく、なんですか?と言った。
「単刀直入に言います。あなたは歩の何なのですか」
ぴくりと眉を動かし、坂田は乾いた笑いをこぼした。すると坂田はドアを開き、身を少し脇によせた。
「これから来るから、自分の目と耳で確かめれば?」
全寮生であるうちの寮は、毎週土曜は外泊自由の日でもあり、歩が寮から消える日でもあり、今日でもあった。
坂田の表情からは、意図が読めない。ごくりとつばを飲み、踏み入れた。
ただ、歩の心に近づきたかったからだ。
「お客様を置いておくところではないけど、本当のことが知りたいなら、我慢してくださいね」
部屋を見た感じ3LDKと言われる形のようだった。ダイニングキッチンの奥にドアが解放され、一体となっているリビングにはソファーとテレビが見える。
その両方が見渡せるのが、洗面所だった。
「………構いません」
プライドをかなぐり捨てても、歩のことが知りたかった。
何か坂田が言い掛けて、鍵の回る音がした。
「じゃあ、このままでお願いします」
少しだけドアを開け、暗闇の中、明るい部屋を見つめる。
ドアを開ける音がする。
「義憲ぃ…」
歩の声だ。どきりと心臓が跳ね、つばを飲む。
「義憲…会いたかった…」
声しか聞こえない。
歩のこんな甘えた声は聞いたことがなかった。ずきりと心が痛む。しかし、それも覚悟のうえだ。
何やら音はしたが、聞き取ることは出来なかった。
足音が聞こえて、息をひそめる。待ち焦がれた歩が視界に入る。その歩は、坂田にべったりとくっついていた。スキンシップを意外にも嫌う歩が…。
そして、目線の先で歩が足を止めた。バレたのかと一瞬焦るが、杞憂に終わった。
「義憲…ごめんなさい…」
ぐずぐずと歩は泣き出した。坂田の手を握りしめながら、足下にくずれ落ちた。今すぐにも飛び出して行こうとする気持ちをぐっ、と抑える。