「ねえ、先生」
僕ね、手に入らなかったものなんて、今までなあんにもないんだ。
裕福な家庭に生まれて、将来なんてその時に決まった。親の会社引き継いで社長になるんだって。
そのために努力を惜しまなかったよ。勉強もたくさんしたよ。だから、頭の競争でも負けたことない。
運動だって、そう。
人並み以上にはもとからできた。趣味でスポーツこなして、なんの種目だってこなせるようになった。
料理に手芸も嫌いじゃない。そこそこセンスあると思うよ。
絵画も好き。見るのも描くのも。習字も。工芸も得意だよ。全国のなんとか賞ってもらったけど、忘れちゃった。
友達だって多い。友達100人なんて本気だせば半日で出来るよ?
先生からの信頼もあつい。一応、周りからの推薦で生徒会長もやらせてもらってるしね。
女の子はみんな俺に夢中。数え切れないよ。
みんなみんな、こんなにも優れた僕を愛してる。
「だから、先生が初めて」
こんなに僕に無関心なの。
そんなことない。と先生は絵を描きながら答えた。
ほら、片手間でしょ。俺との会話なんて。
じわりとまた支配欲が強まる。
「なんでかなー」
先生の細くてしなやかな髪を一束手に取り、流してみる。さらさらと流れていく。
それも無視して、先生は絵を描く。絵具のにおいが鼻についた。
長い髪をひとまとめにしている黒いゴムをするりとほどく。
黄色い絵具がついた腕はもちろん止まらない。
「なんで、先生は俺に惹かれないの?」
そんなことない。と先生はさっきと同じ様に答える。
「ははは、嘘うそ〜」
どれだけ、僕が先生のこと見てると思ってるの?
後ろから抱きしめる。先生からは絵具のにおいしかしない。
なんだか、僕の先生が絵具に食われたみたいで嫌な気分にしかならない。
近くにあった墨汁を手に取り、ふたをもぎ取り、横幅がシングルベットほどある画板にぶちまける。
一気に墨汁のにおいが部屋をうめる。気分良い。
「ほら、先生」
せわしなく動いている腕をつかみ、画板の上に投げ倒す。
かしゃん、と音をたてて先生のメガネが床に落ちた。
グレーの瞳がちらりと僕を見やる。
ぞくぞくと背筋が震える。
ああ、先生の瞳が好きだ。
柔らかい唇が好きだ。
覆いかぶさって、唇を食むように重ねる。
白衣のボタンを外し、中のワイシャツのボタンも外す。
先生は抵抗すらしない。
白い肌が好きだ。
性行為をすると先生が唯一人間らしく見える。
きっと、こんな先生を知るのは僕だけだ。
頬がほんのりと色づき、唇がいやらしく震え、汗で黒い髪が真っ白な肌に線を描く。
そして、先生のナカはあつい。
この熱で、僕を溶かそうとしているかと思うくらいに。
今日もちゃんと勃起していることに、安堵する。
一度、何をしても勃起することがないときがあった。
そのあと、先生はごめんと言った。
すごい敗北感だった。もうあんな気分にはなりたくない。
「どうして、先生は僕を愛さないんだ」
かすれた吐息と共に先生は射精した。
雄と絵具と墨汁の匂いだけが僕らを包んでいた。