「佐藤!頼む!」
あわせた手を高くあげ、頭を下げてきたのは、いつもうるさい佐々木くん。
佐々木が頭を下げるだなんて、なんてことだ。嫌な予感しかしない。
「…何?」
「マネージャー、やってくんない?」
予感的中。
「じゃあ、ボク、アルバイトがあるから」
「まあまあまあ!話だけでも聞けって!」
教室を出ていこうとした俺の腕に佐々木がしがみついてきて、必死に懇願する。
「1ヶ月だけでいいんだ!」
まあ、そこそこ親しい友人の好で話だけは聞いてやろうと、ため息をひとつついた。
陸上部のマネージャーは一人しかいない。そのことは知っていた。佐々木が入部したての頃、可愛い可愛い言っていた一個上の先輩がひとり。可愛い可愛いと惚れそうな勢いだった佐々木だが、次第にマネージャーというか女の恐ろしさを知ったらしく、彼女を見かけると身体を硬直させるようになっていた。
その先輩が、何やら入院をするらしく、穴埋めを俺に頼んできたのだ。
「四月に入ったら、新入生捕まえるからさ!それまででいいんだよ!な!」
このとーりっ!と頭を下げる友人を断わりきれなかった。
そのかわり、学食の定食券をたんまり貢ぎ物として頂いておいた。
それを受け取った瞬間にスケジュール表とジャージを押し付けられ、部室へと連行された。
1ヶ月だけだし、バイトの日は出られないし。ボランティアだと思えば…
なんていうのは、とってもあまかったことを俺は後々知ることとなる。
「絵美さん!マネージャー志望つれてきました!」
ドアを開けると更衣室にあるベンチに腰かける噂の絵美先輩がいらっしゃった。
「わあ、噂の佐藤樹海を連れてくるなんて、佐々木のくせに、よくやったわね」
佐々木のくせに、とか言われてんのに、ありがとうございますとか言ってるよ、佐々木。
「君がマネをしてくれたら、きっと新入生の女子マネが増えるはず。それまで頑張ってちょうだいね」
にこりと笑った絵美さんはきらきらと眩しかった。
そこから佐々木は競技練習に入り、俺は絵美さんから仕事を教えこまれた。
中学で陸上のノウハウみたいなのはわかってたから、そのサポートにあたればいいわけで、仕事内容はわりと簡単に理解出来た。
「俺、そろそろバイトなんで…」
そろそろ…と退散しようとするが、肩を思い切り叩かれた。
「佐藤、あんたバイトしてるの?」
笑顔なのに、圧がある。
そして、運が悪いことに今日がシフト提出日だったのである。
「やるって決めたんだから、たった1ヶ月だし、やりきってね」
そういって、絵美さんは彼女が作ったシフト表を渡してきた。出勤可能日、日曜のみ。
いやいやいやいや。
色々話した結果。
「自分で決めたんだから、責任持ちなさい。男の子でしょ?」
男の子とは、損な生き物である。
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