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それから、竹井さんとカレーを作って食べて、一緒の布団に入って抱きしめあいながら、眠りについた。
今日もセックスをするのか少し…本当はかなり、期待をしていたのだが、竹井さんはそこには触れず、指を絡め横になり、弟さんの話を少し聞いた。他の家庭の話なのにすごく心温かくなり、眠りについた。


日曜、竹井さんは大学の関係で帰宅した。
春休み中だけれどゼミの関係やらで何やら忙しいらしい。昨日と同じようにゆっくりと時間をすごした。しかし、いつもより時計ばかりが気になった。
それに当然竹井さんは気付いて。昨日よりもずっとくっついていてくれた。伝わる体温に安心した。
竹井さんは、終電ギリギリまでいてくれた。二人で家を出て、駅まで暗闇に紛れてこっそりと手を繋いだ。
改札口で手をふる。人ごみに紛れて背中が見えなくなった。その瞬間に雑踏がやけに耳についた。
妙な焦燥感にかられ、急ぎ足で家に帰る。自宅なのに、しん、と余りにも寂しく、知らない部屋の様であった。
電気をつける前にテレビの電源を入れる。
静けさは埋まるが、寂しさは埋まらない。
暗闇の中、テレビを数分眺めていた時、光るなにかを見つけた。それはずっと机の上に放置してあった携帯電話だった。
不在着信と新着メールの知らせがある。最新のメールを開くと、つい早急までここにいた人からだ。

すぐに会いにいくよ
寂しくなったら、いつでもメールでも電話でもしてね
待ってるから

終電に乗ってすぐの着信だ。今日ほど、人類の発明に感謝する日はないだろう。
テレビをそのままに、俺は布団に潜った。
おやすみなさい、とだけ文字をうち、メールを送信すると一分程度で帰ってきた。おやすみなさい、と。
それだけで竹井さんが傍にいる気分になった。
一人で布団に入ることが久しぶりすぎて、いつもなら丁度いいはずのシングルベッドが広く感じた。
携帯を握りしめ、眠りについた。





樹海…

ふ、と目をさますと泣いていた。呆然と涙を拭う。
嫌な夢を見た。
あの人、俺の母さんが俺の名前を呼んでいた。
深呼吸する。
ここ最近、見ることはなかったのに。
竹井さんから家族の話を聞いたからかもしれない。隣に誰もいないからかもしれない。
あの人の笑顔を思い出すだけで、息が出来なくなりそうだ。

「兄さん…」

ニュースがテレビからたんたんと流れる朝の空気の中にぽつりと俺のつぶやきが浮かんでいった。

兄さん、元気かな。
最後に会ったのは、いつだったっけ。

握っていた携帯をいじる。
そういえば、竹井さんのメール以外チェックしていなかった。

「っ、うわ…」

不在着信十五件、新着メール三十四件。
全て雄哉からだった。
おいおい、どうした。
メールの内容はどこに行ったのか帰ってきてくれごめん好きだよというものが書かれていた。
ずきりと胸が痛む。
竹井さんと結ばれた今だからこそ、好きという言葉の重さを感じる。
雄哉の言う好きという言葉に大した意味を持たせていないのだとしても、俺は雄哉には、もう伝えることが出来ない。多分。
揺らいでしまうのは、雄哉が俺にとって、大切な存在になってしまったからだ。存在があまりにも大きくなりすぎた。

考えていると見つめていた携帯が震える。新着メールを開いてみると、竹井さんからだった。

おはよう
よく眠れた?
俺がいないからって、ちゃんと寝て食べなきゃまた風邪ひくぞ!

電話しても、いいものだろうか…
どうすればいいか、ためらっていると電話がかかってきた。

『おはよう』

メールみた?我慢出来なくて電話しちゃった。
と竹井さんは明るく続けた。聞こえる声にほ、とした。

『樹海くんの声、聞きたくなっちゃってさ…』

笑いがこぼれる。
適当に言葉を交わし、携帯を畳んだ。

竹井さんが、好きだ。
だから…俺は、雄哉と話をつけなければならないのだろう。





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