ぼんやりと瞼をあげて、ゆったり数回瞬きをする。
見えるのは我が家の風景。雄哉の部屋ではない。
朝のひんやりとした空気から逃げるように毛布に包まる。そのとき、じん、と腰の痛みを感じた。
俺、どうしたんだっけ…
ドアの開く音が聞こえて、振り返ると風呂上がりだと思われる竹井さんがいた。
「竹井さ…」
声がかすれてる。こほん、と喉を鳴らしてみる。
ベッドに腰をおろした竹井さんは、俺の頭を撫でた。
「ごめんね、昨日、無理させちゃったかな」
昨日…
は、と一気に頭が回転して顔が赤くなるのがわかった。同時に腰の奥がじわりとうずいた。
ちゃんとスウェットは着ているし、身体もべたついたりなんかしてない。
あのあと、俺は竹井さんとひとつになった。
気持ちよくって、本当にとけてしまいそうで。感じたことのない快感があった。
きっと、それは心の問題もあると思う。好きな人する行為だったから…。
何度吐精したのかは曖昧で終わりもぼんやりとしか思い出せない。
ただ、気持ちよかったことと、竹井さんが愛しくて仕方なかったことは覚えている。
「…今日は一日、一緒にいられるね」
ベッドに潜り込んできて、まだ髪が濡れてる竹井さんは俺を抱き締めた。嗅ぎ慣れたボディーソープの匂いが香る。
「あ、言いそびれちゃったけど」
竹井さんはさらさらと髪の毛を撫でてきた。顔をあげるといつもよりまた一段と柔らかい微笑みと目があった。
「髪型、似合ってるよ」
ちゃんと、気付いてくれてたんだ…。
「こ、これ、小出水さ、にや、てもら、た、です」
声がかすれてしまい、うまく発音出来なかった。
「え、小出水さんに…?」
一瞬、む、としてから、一度額にキスをし、待っててと言い残して部屋を出ていった。身体を起こして待つと、少しして冷えたミネラルウォーターを持ってきてくれて、キャップを回してから手渡された。
乾いた喉が潤っていく。一息つくとまた頭を撫でられる。
「なんで小出水さんに切ってもらったの?」
「たまたま駅で会って、成り行きで…」
「へぇー」
表情は笑顔なのに、笑ってない…。
「バイト先の目の前に美容院あるじゃないですか。あそこに就職決まったらしいですよ」
「へぇー」
しばらくにこにことする竹井さんを見つめていた。こ、怖い、かも…。
「た、竹井さん…小出水さんと仲、悪かったですっけ…?」
なんとも居心地が悪く、うっかり思っていたことが口から出た。
「別に…」
「そ…ですか…」
また、沈黙か。と思いきや、竹井さんは口を開いた。
「ただ…」
言いにくそうにそっぽを向いた竹井さんに首をかしげる。
「ただ、嫉妬してるだけ」
「え…?」
「小出水さん自身のことは嫌いじゃないよ。でも、彼、樹海くんに…ちょっかいだしてたから…」
嫉妬?ちょっかい?
くるくると頭が渦をまきだす。
確かに、小出水さんにはケツを撫でられるというちょっかいはだされたが、そもそも俺と小出水さんが同じシフトだったことは一度しかない。
「バイト先で樹海くんに一番関わってほしくない人だった…」
あ、そういえばその時、シフトの後半で竹井さんも合流してきた覚えがあるような。んで、小出水さんに案内役やらせて俺から距離を作ってくれたような。
ああいうのははっきり嫌だって言わないとだめだよ?なんて痴漢されたみたいに言われた覚えは確かにある。
「もう就職決まって辞めるって聞いてたから、油断したー…」
ため息をついて、がくりとうなだれる。
「なんで心配するんですか?」
「樹海くんって、もしかして…鈍感?」
む。
「好きでもない人にセクハラしないでしょ?」
「でも、俺は竹井さんが…」
は、として口をつむぐ。
まだ、恥ずかしい。
身体を繋げても、なんでもない時に言葉にするのは俺にとっては難しいらしい。
「え…なになになに?」
目を輝かせながら、覗きこんでくる。急いで視線を外す。
「いや…その…」
相変わらず瞳をキラキラさせながら迫ってくる。
気恥ずかしくて背を向けて、布団をかぶって横になった。
「樹海くーん」
ゆさゆさと身体を揺さ振られたが無視する。それがふ、と止み、どうしたのかと思っていると布団の中に潜りこんできた竹井さんに後ろから抱きしめられた。
「…幻滅した?」
急に低いトーンになった声にどきりとする。どうすればいいものかと悩んでいると竹井さんは言葉を続けた。
「年上なのに、嫉妬なんて、余裕なくて」
ぎゅ、と抱きしめる腕に力がこもって我慢出来ずに首をひねり、竹井さんに顔を向ける。
「…嬉しいです」
眉を寄せる表情の頬に触れ、小さくつぶやくと先程までの表情は嘘かのように竹井さんはにっこり笑って、唇を重ねた。
「好きだよ」
なんだか騙された気分だ。それでも頬がゆるんでしまうほど、俺はしあわせだった。
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