顔をあげると竹井さんは柔らかく微笑み、額にキスをしてからまた涙をぬぐってくれた。
ちゅ、と離れ際に名前と吐息が柔らかい唇に降り注がれ、心臓がぎゅ、と捕まれたような感じがした。
「もっと、しても…いい?」
「……竹井さんが、いいなら…好きに、してください…」
唇をついばむと、次は舌が口内に入ってきた。竹井さんと初めてのディープキスに一瞬、固まってしまったが、巧みな舌技に気付けば夢中に吸い付き、絡ませていた。
靴を乱雑に脱ぎ捨て、目の前にあったドアを開ければ、何も変わらない寝室がある。
柔らかくキスをしながら、優しくベッドに押し倒される。
「……俺の好きにしてもいいの?」
にやりと妖艶に笑う竹井さんは新鮮で、きゅんと胸が締め付けられた。
「竹井さんこそ…いいんですか?」
ずっとひっかかっていた不安を告げるとキスをされた。
「樹海くんじゃなきゃ、こんなことしない」
こういうことは、好きな人としかやっちゃだめだよ
以前、竹井さんに言われた、ずっと心にへばりついていた一言が。こんな形に変わるとは誰がわかっただろうか。
恥ずかしい。でも、その三倍くらい、嬉しい。
首に腕を回して抱きつく。
「…幻滅、しませんか?」
「しない」
「……だって、俺…可愛くもないし…男だし…」
あまりの即答に驚いてしまったが、気になっていたことが勢いに任せて口から出た。
竹井さんはくすりと柔らかく笑った。腕を捕まれ、竹井さんの左胸に手のひらをあてられた。
「わかる?」
どくどくと手のひらから、速い鼓動が伝わってくる。どきりとした。
「俺、すごく興奮してる。樹海くんに。…いや、樹海くんだから、だよ」
ぽすり、と右肩あたりに竹井さんは頭を乗せた。雨のにおいに紛れて、我が家のシャンプーの匂いがする。
「それに、嬉しい…やっと樹海くんと心から会話してる気がする」
掴んでいた手を握り直して、指を絡める。ひんやりとしている指先。熱にとけるその体温が愛しい。
「もっと、樹海くんの心と会話したい」
「……俺…」
俺のために、怒ったり、心配したり悲しんだり。好きだと言ってくれて。キスをしてくれて。
竹井さんから感じる全てに好意のようなものしか感じないのは自惚れだろうか。
冷たい指先、綺麗な瞳。少し速い鼓動。包みこんでくれる体温。
「本当は…わがままです…すごく」
「うん」
「素直じゃないし…可愛げもない…」
「うん」
「それから…」
張っていた気がほどけて、告げてしまう。
暖かい微笑みで全て受け止めてくれる竹井さん。その優しさが胸に染みる。勝手に視界がぼやけてくる。
そっと頬を包まれる。きっと、俺は泣いているのだろう。
「本当は……竹井さんのこと…好き、なんです…」
今度は首筋あたりに竹井さんは頭を下げた。
はあ、と大きくため息をつかれて、一瞬ひやりと嫌な気がした。
「今日、山羊座最下位だったんだよ?O型も最下位。なのに…こんな、しあわせなことがあるなんて…」
それは見事、杞憂に終わった。
俺はもう占いなんか信じないと笑う竹井さんは頬が赤かった。偽りのないその微笑みが、すごく好きだと思った。
今まで悩んでいたことを竹井さんはひとつずつ消してくれた。替わりに安心をくれる。
安心して、やっと頬が緩む。鼻を啜り、笑うと額をくっつけ、囁いた。
「俺、生きてきた中で今が一番しあわせだよ」
しあわせというものはよくわからなかった。しかし、この心の暖かさをしあわせと呼ぶ。そんな気がした。
「竹井さん…あの」
言い掛けてから、辞めてしまった。竹井さんは首を少しかしげて、待っている。
「いや、なんでも…」
何を言おうとしているんだ。俺は。
少しの間、ぐるぐると考えていると唇を軽く吸われた。
「竹井さ…っん」
名前を呼べば、開いた隙間から舌が滑り込んでくる。奥歯の歯茎をなぞられ、ぞくぞくと全身になんともいえない快感がかけめぐる。自然と膝をたててしまう。
唇が解放され、出来るだけ静かに呼吸を整える。
「…教えて。さっき、なんて言おうとしたのか」
頬や瞼にキスをされる。
「そ、れは…」
そのキスは、愛を囁いているかのようにあまかった。
脳が麻痺した感覚があるほど、じんじんとする。そんなじわじわとくるあまさ。
だから、竹井さんだから、告げようと思えた。
「……竹井さんは…」
竹井さんの着るシャツを強く握りしめてから、振り絞って声にした。
「…俺だけを…見てくれますか…?」
頬で一瞬、竹井さんは息を詰め、それから静かに震える吐息をついたのを感じた。そのまま、頬を舐め、ちゅ、と吸われた。
「樹海くんしか見えなくて、困ってる」
ゆっくり顔をあげた竹井さんは相変わらず頬が赤く、瞳は揺れている。多分俺はもっと赤いだろう。
「好きだ」
深く、深く口づけを交わす。
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