24




それから風呂に入って、いつもと同じように寝た。
いつもより気恥ずかしい。なんだかくすぐったい。
いつもは感じないことをこの数日でたくさん感じた。
うとうとと微睡みながら、明日には家に帰るつもりだったけど、もう少し先に伸ばそうかなと考えた。もちろん、セックスができるという理由つきということにしておこう。



朝、目を覚ますと雄哉は家を出るところだった。

「おはよう」

にこりといつもの微笑みで声をかけられる。目が覚めて、誰かが笑顔でおはようと言ってくれることは、いいことだな。なんて。

「いってらっしゃい」

玄関まで見送って、キスをする。

「出来るだけ、早く帰ってくるから」
「はいはい、早く行け」

しっしっ、と手で払うともう一度キスをされて、いってきますと言って出ていった。

「ったく、俺はお母さんか」

いや、違うか。
お母さんっていうより、奥さ…いやいや、なんでもない。一人かぶりをふって支度を始める。





変わらず騒がしいやつらと、目の前には一番騒がしいやつ。何やら吠えている。

「テストが終わった春休みだ俺は部活だ。さあ、佐藤遊ぼう!」
「それでは僕は塾があるので失礼するよ」
「嘘つくなー」

軽くなったカバンを持ち、立ち去ろうとした俺の腕をつかむのは、もちろん佐々木。

「佐々木いー、わからんかねえ?」
「そうそう、本当気がきかないやつだな」

他のやつらが何やら腕組みをし、うんうんと首を縦にふっている。

「む、なにが?」
「佐藤くんは、これからおデートなのだよ」
「なのだよ」

ただまっすぐ帰るつもりだったが。

「エーッ!さ、佐藤…いつからそんなヤツが…」
「佐藤が女に困るわけねーだろ」
「俺らにもわけてくれよ」

嫌だよ、めんどくさい。
と言おうとしたけど、それ以上に佐々木がめんどくさそうだから、そそくさと挨拶をして別れた。

「あ」

下駄箱からローファーを取り出している翔がこっちを見ていた。よ、と片手をあげて隣に並び上履きを脱ぐ。かがんだ背中をばしん、と叩かれた。
あまりの痛さに涙目になりながら見上げると影がおちてきて、唇に柔らかいものが触れた。

「いくじなし」

ローファーを急いで履いた翔は振り返って、翔は笑った。

「ばーかきーみ」

翔は小走りで去っていった。なんだあれ、と少し笑ってしまった。



翔のわけのわからない行動のあと、とりあえず雄哉の家に帰宅した。すると、どっと疲れが出てきた。ソファーに倒れこむと、ふと携帯が手にあたった。背もたれの間に隠れていた。
たまたま、本当にたまたま雄哉が使った携帯の充電器がコンセントに刺さったままの状態で目の前の机に乗っていた。プラグを携帯に射し込み、瞼を下ろした。

『樹海くん』

柔らかく優しい声で、竹井さんに呼ばれた気がした。ぼんやりと瞼があがり、視界が変わる。
ピンポーン、と控えめにチャイムが鳴った。
けだるい身体をおこし、ドアを開けた。頭がいまいち回っていない。

「あ、あ…れ…?」

そこに立っていたのは、背は低く、目はぱっちり二重な男の子だった。年齢は同じくらいだろうけど。

「木ノ、下先輩…の…」

先輩?じゃあ、年下?中学生?
そんなことを考えていれば頭はだんだん活動しはじめる。ああ、そうか。

「ああ、君、雄哉の今晩のお相手?」

目の前の男の子は一瞬で顔を真っ赤にし、湯気が見えそうだった。
それに反して、俺は急激に冷めていった。ああ、そうだ。そうなんだ。

「いい、い、いや!あのっ!えっと…」
「あがって雄哉のこと、待っててあげたら?」
「えっ…?」

あたふたとするこの子に、にっこりと微笑みかけてドアをまた大きく開く。
少し迷ってから、彼はお邪魔しますと小さく言った。俺は充電し終わった携帯とカバンをつかんで、傷んだローファーを履いた。

「俺はこれから用事があるから。適当にしててよ」

じゃあね、と言って言葉を遮り、扉を閉めた。それからは大股で駅まで歩いた。
また同じことを繰り返している自分がひどく可哀想だと、どこか他人事のように思っている自分がいた。






prev next

bkm