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帰宅してから勉強を始めても、翔の言葉が引っ掛かっていた。

雄哉に伝えるべき。

「俺はお前のことは友達としか見てない…」

でも、雄哉はただの友達ではない。…セフレではあるか。
ここ最近、妙に距離が近かったせいで雄哉との関係が俺の中でうやむやになってきた。

樹海が好き。だいすき。

そう囁く雄哉が簡単に目に浮かぶ。
たかが、前戯の一種なのに、そんなことを言う雄哉に対して、翔に言われたことを伝えられるほどの勇気はなかった。これを言ったら、確実に俺たちの関係は終わる気がした。

「う、わ……はは…」

ひとり、笑ってしまった。
まだ雄哉の言葉を信じようとしている自分に。とっくに、そんな期待は捨てたはずなのに。
やっぱり、近くにいすぎたんだ。
明日からは、違う場所に行こう。一度家に帰ろう。大家さんに相談してみよう。感じいい人だから、きっと大丈夫。
俺は立ち上がって、少し早いが夕飯の支度を始めた。
今日が、最後の晩餐だ。
いつもあるエプロンを身に付ける。これは、俺が雄哉の誕生日にプレゼントしたものだ。この家に来ると必ずこのエプロンはキッチンの近くの椅子にかかっている。黒に近い青のエプロンは色褪せてきている。
こんなことをする。全くあいつは残忍な男だ。セフレ程度にしか思っていないのなら、プレゼントしたものをくたびれるまで使い続けないでもらいたい。

「勘違い、すんだろ…」

本当に、ひどい男だ。





がちゃり、と鍵を回す音がして、ただいまと声が聞こえた。

「おかえり」

味噌汁を味見しているところで丁度、雄哉の姿を確認した。少し驚いた顔をしている雄哉に首をかしげる。
いきなり、どさりと肩に引っ掛かっていたスポーツバックをその場に落とし、雄哉が抱きしめてきた。

「あー、本当に…樹海、可愛すぎるよ…うちに嫁入りして、本当に」
「はは、そりゃどーも」

ぺしぺしと背中を叩く。
一度強く抱きしめられてから、そっと顔を覗き込まれる。

「樹海…」

熱を持った瞳に捕まる。この表情を知っている。これは、欲情しているときの雄哉だ。

「雄哉」

優しく頬を撫で、名前を囁く。
そして、唇が触れる。軽いものをひとつ落として、帰ろうとする雄哉にこっちからまたキスをする。

「…雄哉」

角度を変えながらキスをする。雄哉の唇を舐める。びくりと少しだけ身体が跳ねたのがわかった。その後、力強く抱きしめなおされ、あつい舌が口内に侵入してくる。
気持ちいい。
雄哉はキスが上手い。もちろんセックスも上手い。こいつとなら、絶対気持ちいいことが出来る。
俺が変な勘違いを起こしたのは、やることをやっていないからだ。
決して明日のテストに余裕があるわけではないけど、今はこっちを解決させたい。俺たちの関係を身体で理解したいんだ。
ちゅ、と軽く吸い付いてから、唇が離れ、抱きしめられた。

「…雄哉」

背中に手を回そうとしたら、雄哉は身体を離して微笑んだ。

「ごはんにしよっか」

手を洗ってくると言って、雄哉は洗面所に向かっていった。
…なんだか、はぐらかされた気分だ。
追いかけようとしたが、雄哉の体温を感じたら、安心してしまったようだ。俺もどうでもよくなってしまった。

「樹海の手料理、久しぶりだな。うわっ、うまそ!」
味噌汁を持っていくと先に座っていた雄哉が満面の笑みで早く食べたいとごねた。思わず子供のような雄哉に頬が緩んでしまう。

「んな大したもんじゃないけど、どーぞ」
「いただきまーす」

味噌汁を一口したあと、雄哉はここ一番のきらきらとした笑みを見せた。

「おいしい!」

笑ってしまう。大げさすぎる。ただ普通のわかめと豆腐の味噌汁である。
切り干し大根、肉じゃが、初鰹のたたき。どれも大したものではないが、日頃の雄哉の食生活を考えて和食にしてみた。
それからすべての品を逆に疑いたくなるほどべた褒めしながら、完食した。
後片付けを二人で行い、雄哉が食器をかたしている間に余った肉じゃがと切り干し大根をタッパーにつめる。

「余ったやつ、入れとくから温めて食べて」
「うん、ありがとう」

ひんやりとした手で、手を握られ、額にキスされた。

「本当にありがとう。俺、しあわせだよ…」

ハグしながら、相手の暖かな鼓動を感じる。これって、しあわせって言うのかもしれない。瞼をおろして、少し味わってみる。

「なあ、雄哉」
「んー?」
「久しぶりに…する?」





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