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「じゃあ、樹海、先行くね」

そのセリフも寝たふりで返す。
本当は雄哉が起きた瞬間から目は覚めていた。しかし、昨日のことがまだ胸に引っ掛かり続けている。
がちゃり、と玄関のドアが締まる音を聞いてから、重い身体をおこす。
あまり眠れられなかった。
ふらふらとリビングに出ると机の上に茶碗がおいてあるのに気付いて近づいた。
そこにはひっくり返った茶碗と箸、昨日買ったお茶漬けのもと、そしてメモがおいてあった。

ご飯は出来てるよ。ちゃんと食べて、テスト頑張ってね。だいすき。

「…あのあほ……」

最後の四文字はいらないだろ。
不意討ちパンチ。ああ、心臓が痛い。




電車に揺られながら、ふと気を抜くと、あのメモを思い出してひとり悶えてしまうから、必死に数式を思い出す。
言われ慣れている言葉なのに、いざ形にされるとこうもくるとは…。
あのメモは捨てるに捨てられず、お守りとして財布に落ち着いた。
きっと雄哉みたいに頭よくなれる。うん。きっとそうだ。うんうん。


「なーに、ひとりでうなずいてんの?」

急に声をかけられてびくりと肩が跳ねた。
佐々木だ。目があうと、よっ、と片手をあげられた。

「俺、うなずいてた?」
「うんうん」

わざとか佐々木は激しくうなづいた。

「…あれ?俺、なんか佐藤に聞きたいことあったんだよね」

なに?と聞いても佐々木は難しい顔を険しくするばかりで結局学校につく頃には違う話をしていた。


「ねえねえ、佐藤くん」

佐々木のどうでもいい話を流しながら、マーキングされた教科書を読んでいた。すると一度遊んだことのある隣のクラスの女の子に声をかけられた。

「なに、珍しい」
「昨日着てた共男の子、友達なの?」
「んー、まあ…」

常ににこにことしている表情が一際輝いた気がした。

「本当?良かったら、紹介してよ」
「えー?俺じゃ、不満?」

少し首をかしげて見やると、だって佐藤くん相手にしてくれないじゃないと笑顔で言われてしまった。甘ったるい香水がにおう。
チャイムの音がちょうど鳴って、紹介よろしくね、と言って彼女は消えた。
そして、なにやら考えていた佐々木が急に大きな声を出した。

「ああーっ!!思い出した!思い出したよ佐藤!!」
「テストの答えもしっかり思い出してくれよー、佐々木ぃ」

そう佐々木に答えたのは、入ってきた担任だった。
佐々木は急いで前を向き、姿勢を正した。担任は佐々木の所属している陸上部の顧問でもあった。
一体佐々木は何なんだと思ったが、どうせいつも通りのくだらないことだろうとすぐに頭から消した。


二教科のテストはまあまあの手応えだった。現代社会は雄哉のマーカーのおかげでなかなかの結果が望めるだろう。数学もまずまずだった。

「なあ、佐藤。俺、お前に聞きたかったこと思い出したよ」
「そうか。じゃあ、ラーメンでも食いながら聞くよ」
「いいねえ、よし行こう!」

鼻歌交じりに佐々木は歩き出した。途中、数人の女の子に朝の女の子と同じことを言われた。だんだんと不機嫌になっていくのは自分でもわかった。その理由は、なんで俺より雄哉がモテるのか意味わからんイライラ。ということにしておいた。





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