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帰宅して、俺が作ると言い張る雄哉をなんとか言い包めて、二人でカレーを多めに作った。
食後、眠さを吹き飛ばすために入浴をすまし、現代社会の教科書を開いた。ワークを地道にうめていこう。提出点を確実に得られれば、あとはなんとかなるだろうと。
教科書をめくっているとマーカーがひいてあった。俺の教科書は真っさらだったはずだ。教科書の裏表紙にはしっかり俺の名前が書かれている。
そのピンクのマーカーはポジションポジションにひかれていて、太文字になっていないところにも記されていた。とても見やすく、重要単語を押さえているように見受けられた。

「あ、勝手に引いちゃったけど、やっぱり樹海は教科書をきれいにしておきたい派だった?」

ふわり、とシャンプーの匂いがしたと思ったら、風呂上がりの雄哉が隣にいた。

「いや、すごい助かったよ。ありがとう」

これで明日も乗り越えられそうだ。素直な気持ちを伝えると雄哉は照れたように笑って、抱きついてきた。
あと二ページ。ワークに手を掛ける。ひたすら単語を書く。こんなの中学んときにやったもんばっかり。

「樹海ー」
「んー?」
「好きだよ」

ぴくり、とペンが止まった。ソファーの済みにある携帯に目をやる。
竹井さん…
ちゅ、と首筋に軽く吸い付かれた。久しぶりのその感覚にびくりと肩が反応し、雄哉に目線を移す。

「樹海」

俺の名前を呼ぶその瞳には確実に熱が潜んでいた。

「樹海…」
「…ゆ、や」

頬を撫でられ、完全に瞳を奪われる。ゆっくりと吐息が近づき、ちゅ、と唇を吸い付かれた。離れていくにつれて瞼をあげるともちろん、その瞳がある。また唇が触れ、角度を変えながら数回キスされる。
ふ、と吐息が漏れて、抱き寄せられる。

「樹海…樹海…」

何度も名前を囁かれて、身体に雄哉がじわりじわりと染み込んでいく気がした。気持ち悪くはない。

「……雄哉」

目をとじて、肩に頬を預けた。眠くなってきた。

「俺ね、今日、思ったんだ。樹海が隣にいてくれるだけで、すごくしあわせだなって」
「はは、大袈裟だよ」
「そんなことないよ」

雄哉は柔らかく微笑んで、俺の頬を手のひらで撫でた。しあわせかも、とは言わずにこっそり思っておくだけにしておこう。

「寝よっか」
「ワーク、いいの?」
「明日やるからいいや」

邪魔しちゃった?と言う雄哉の顔には謝罪の気持ちは感じられなかったが、そんなとこもバカ正直で嫌いじゃないなと目をつむることにしておく。

昨日と同じ体制と状況で布団に潜った。

「樹海…明日、早く出なきゃならないんだ」
「そう」

なんでか気になったがそこまで干渉することでもないかと出かけた言葉を飲み込む。

「それと、明日、帰り遅くなるから…」

でも、七時くらいには帰ってくるから。
別に攻めるつもりもなかったが、雄哉は弁解するように言った。
俺も心の中で少し弁解した。今、少しずきりと痛んだのだ。心が。気のせい気のせい。きっと。
嫌な想像が脳裏をよぎったが、目をつむり、やり過ごす。
身体を動かし、壁と向かいあう。

「樹海…」
「明日、早いんだろ?…もう、寝よう」

うん、と言った雄哉の声色はすごく寂しそうだった。
余計に俺はイライラした。あほらし。なんでイライラしてんだ。
きっと他の男にも今朝俺にやったようにするだろう雄哉にも、その相手の男にも、素直に聞けない俺にも、全てにイライラした。

じくじくとうずく左胸を握りしめて、硬く瞼をおろす。





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