ざわめく教室で、ひとつ息をついた。前の席の佐々木がこちらを振り向く。
「どうだった?」
「まあ、大丈夫でしょー」
お前は?と聞くといつも通りと百点の笑顔で返された。補習頑張ってネ。
苦手な化学も雄哉のノートで乗り切れた。机の上に出して、撫でてみる。
「なにそれー?」
「ノート」
「あのね、いくら佐々木クンでもそんくらいはわかるの」
ノートを取ってぺらぺらめくって、佐々木は奇妙なうめき声をあげた。
「なにこれ?誰の…木ノ下雄哉…?ん?」
佐々木は何か首をひねりながら雄哉の名前をつぶやいている。急に女子の声が耳についた。
「ねえ、あの校門のとこにいるのって、共男の制服だよね?」
「多分…共男ってイケメンでおぼっちゃままみれって聞いたー」
「なんかイケメンな感じするよね、あの人も…誰か双眼鏡!」
共男って、雄哉の通ってる高校だ。
胸がざわめくが、知らない顔をする。まさかね。
「なあ、佐藤ぉ…」
佐々木に返事をしたのと同時に担任が教室に入ってきて、佐々木は渋々前を向いた。
号令がかかると急いでロッカーから教科書類を引っ張り出して、カバンに詰め込む。どのクラスも終わり、下校する生徒がたくさんいた。それをなんとかかき分けて適当に挨拶を交わしながら校門を目指す。
長身で茶髪。視界に映ったときに、女子二名が何やら話しかけていた。しかし、だんだん近づいていくとわかるが、彼は雄哉であり、イヤホンを耳につけている。そのためか女子の声には一切反応を示さず、目を閉じている。女子の声が少し聞こえる程度の距離でつぶやいてみる。
「雄、哉…?」
閉ざされていた瞼が持ち上がり、背中でもわかるほど女子はどきりとしていた。そして、イヤホンを外しこちらを見た雄哉はにこりといつもの甘い笑顔で手を振った。女子はどうやら雄哉に見惚れているようだ。小走りで雄哉のもとに急ぐ。
「テスト、お疲れ」
「えっと…」
ちらりと女子を見やると多分上級生だ。しかも結構可愛いで有名のふたり。俺と目があうと、はっと意識を取り戻したようだった。
「すみません、センパイたち。俺ら、帰りますね」
さよなら、と言って雄哉の腕を掴んで大股で歩く。
「さっきの人たち、樹海の知り合い?」
冷たい声色に驚いて振り向くと雄哉は下を向いて、表情はよく見えなかった。
「……知らない人」
そう告げると、そっか、と雄哉は顔をあげた。その表情も声色もいつもの雄哉だった。
「それより、なんで来たの」
中学の時は何度かあった。しかし、高校では一度もなかった。
「今日、早帰りだったし、それに…樹海に会いたくて我慢できなくなっちゃってさ」
腕を掴んでいた手を握られた。そして、雄哉はえへへーなんつって、にこにこしてる。その笑顔に脱力してしまう。
「おにぎり、美味しかったよ。ありがとう」
「本当?良かったー」
やんわりと手をほどかせて、とりあえずファミレスに行って昼飯を食べることにした。
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