目を覚ますと雄哉に抱きしめられていた。久しぶりに見る雄哉の寝顔はあどけなさが残っていて、くすりと頬がゆるんだ。はらりと顔にかかった髪の毛を耳にかけてやり、頬を撫でる。きれいな肌だ。
瞼が動き始めて、瞳がだんだんと現れた。
「おはよう」
「…おはよう」
朝独特のかすれた声で挨拶を返す雄哉にキスをされる。満足したのかふにゃりと笑った。照れ隠しに時計を見ると八時に差し掛かろうとしていた。
「雄哉!ヤバイ!」
バシバシと肩を叩くと雄哉はゆるりと身体を起こした。先に俺は洗面台に向かい、髪の毛を正す。なんとか寝癖はごまかせた。よし。歯を磨き洗顔し。かけてあった制服に袖を通す。入れ代わりに制服姿の雄哉とすれ違う。
筆記用具と財布しか入っていないカバンをつかみ、机に重ねてある参考書をパラパラとめくる。
「持っていっていいよ」
雄哉はもう髪のセットも完璧でカバンを持っていた。
「じゃ、ノート借りるわ」
カバンが少しだけ重くなる。参考書のつらつらと字面よりも雄哉の見易い字でわかりやすくまとめてあるノートの方が頭にはいる。
二人そろって雄哉の部屋を出る。並んで駅までテストの話をしながら歩いた。
俺は下り、雄哉は上り線のため、改札を通ってすぐ別れることになる。
「樹海」
じゃあ、と手を挙げようとしたときだった。
雄哉がカバンから布に包まれたものを取出し、差し出してきた。ぱちくりとまばたきをして雄哉を見やる。
「おにぎり。朝ごはんだよ」
食べないと頭回らないから、とにこりと笑った。驚いていると電車のアナウンスが響き渡る。
「テスト、頑張ってね」
手をあげて雄哉はかけていった。はっ、と意識を取り戻し、俺もホームへ駆け上がる。なんとかいつも通りの電車に乗れた。
昨日、俺は変だった。しかし、今日は雄哉が変だ。
おにぎりって…お前はおばあさんか、なんてずれたツッコミを心の中でしておく。歩きながら食べるのは、抵抗があったため、教室についてから、結び目を解いた。長方形のタッパーに三つほど、蓋でややつぶされた丸型のおにぎりが入っていた。そういえば、おにぎりが三角に結べないって笑った覚えがあるな。
一人、くすりと笑ってから、一口いただいた。中身はおかかだ。
俺の一番好きな具。
多分、偶然じゃない。
「樹海ぃーっ!!」
大声で名前を呼ばれて抱きつかれた。平常心で咀嚼を続ける。
「具合大丈夫?お前、メールの返事ちゃんとしろよ!結構心配したんだからな」
「はいはい、ありがとねー翔ちゃん」
大きな瞳を潤ませる翔の頭を撫でてやる。翔のあとによくつるむやつらがぞろぞろと入ってきた。
「久しぶりじゃーん」
「樹海がいないと、この教室、華がないのよー」
「体調大丈夫ー?」
「つか、お前テスト大丈夫なわけ?」
「相変わらずのフル置き勉だしね」
「樹海が白米食ってるとこ始めて見た」
つらつらと述べてくるやつらに元気を奪われた。しかし、へらへらと笑うこいつらになんだかつられて笑ってしまった。
「とりあえず元気。テストもなんとかなるでしょー」
手に持っていた最後の一かけを口に放る。ていうか、雄哉はいつの間に米を炊いていたんだ。レンジでチンしたのか。
「まあ、俺としては共に補習を受けてくれる仲間が増えてくれと祈っているぞ」
「佐々木黙れーやなやつー」
肩を組んできたのは佐々木という陸上部の爽やかスポーツマン。爽やかでスマイルもきらりと光るものがあるのに、頭が可哀想なのだ。本人曰く、本当はバスケやらサッカーやらをしたかったが、ルールが覚えられないらしい。だから、ただ走る陸上部に所属しているらしい。考え方もバカっぽい。
「佐藤見てたら腹へってきた。一個ちょうだい」
ひとつ残っているタッパーを差し出そうとしたが、やめた。
「悪いけど、今日はだめ」
いつもならなんでもあげるけど、今日はだめ。
もうちょっと、しあわせを噛みしめたい気分なんだ。
「まあまあ、佐々木。そんなに腹へってるなら、俺の噛んでるガムをやろう」
「ギャーッ!いらね!んな汚えもん見せんな!」
相変わらず騒がしい。
しかし、懐かしく感じられた。しあわせかも。
少ししょっぱいおかかも胸に染みた。
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