ある程度知識を詰め込んだあと、余っていたうどんを適当に湯がいて、卵をめんつゆに落とし、二人で腹を満たした。ここ最近、うどんばっかり食ってる。でもうどん好きだし、竹井さんはだしを替えていてくれたし、今も大雑把ながら違ううどんを楽しんでいるから、満足している。
……竹井さん。
やっぱり、ちゃんと電話で連絡したほうが、いい、かな…
「樹海ー」
携帯を手にしようと瞬間に名前を呼ばれて、どきりと心臓が跳ねた。
「お風呂、入っちゃいなよ」
「あ…」
そうだ。今、俺は家帰れないんだ。
「泊まってって、いい?」
「え?泊まってくつもりじゃなかったの?」
少しどきまぎしながら尋ねたら、首をかしげて逆に尋ねられてしまった。
「す、スウェット、いつものとこ?」
「うん、あ、シャンプー切れてるから、詰め替えといて」
わかったと言って、脱衣場に入った。
雄哉の何気ない優しさが心にひどく染みる。
ふ、と息をつく。
やっぱり今日の俺は変だ。
俺が風呂をあがったのと入れ代わりで雄哉が風呂に入った。
その間に、やはりどうしても気になって、携帯を開いた。しかし、携帯は電源が落ちていた。どうやら電池切れのようだ。胸を撫で下ろした自分に些か自己嫌悪してしまった。誤魔化すように雄哉のベッドに潜り込んだ。
落ちつく。自分の部屋よりも落ちつくかもしれない。
洗剤の匂いがする。きっと俺が風呂にいる間にシーツ一式取り替えてくれたのだろう。
ゆっくりと呼吸した。いい薫りだ。
「髪乾かさないと、ぶり返すよ?」
いつの間にか入ってきた雄哉はタオルで髪を拭っている。ぎ、とベッドが小さく鳴いた。
頭を撫でられて、重い瞼を少しあげる。ふ、と暗くなったと思ったら、唇に柔らかい感触。
ちゅ、と少しだけ音をたてて、雄哉は離れた。今日、雄哉と始めてのキスだ。
しっかり毛布を肩までかけてくれる。
「おやすみ」
そう言って立ち去ろうとした雄哉の手をなんとかつかむ。
「どこ、いくんだよ…?」
「俺はソファーで寝るよ」
「なんで…?」
眉を垂らし、しゃがんで俺の頭を撫でる。
「このベッドの狭さだと、俺と二人じゃ、よく眠れないだろ?」
「平気だよ…だから…」
一緒に寝よう。ここにいて。そばにいて。
口にはできなくて、つむんでしまったが、瞳がゆらぐ。ぎゅ、と雄哉をつかむ手に力が加わる。
雄哉は諦めたようにため息をつき、困った笑みを浮かべた。
「樹海のこと、心配して言ってるのに」
「わかってるよ」
握っていた手を包まれて解かれた。立ち上がってドアに向かって歩き出した雄哉に少し焦燥したが、ぱちんと音がして照明が落ちた。そしてヘッドライトがオレンジ色に部屋を包む。雄哉は振り返って俺のもとへ帰ってきてくれた。
俺は壁ぎわに寄り、雄哉はその作ったスペースに入ってくれた。
雄哉に寄り添うと首の下に腕を入れられ、さらに抱きよせられる。
「雄哉…」
「ん?」
目線をあげても、近すぎて喉仏しか見えない。
「しばらく、ここに泊まっても、いい?」
さらに抱きしめられて、もはや何も見えない。とくんとくん、と雄哉の鼓動が聞こえる。
「…いいに決まってる」
ああ、心地よい。
「むしろ、ずっといてよ…」
「それは、さすがに…」
「この前、樹海と連絡取れなくて本当に…つらかった…」
身体に回っている腕にさらに力が入り、少し苦しい。しかし、雄哉の真摯な語りをさえぎることは出来なかった。
「俺、樹海がいないと…苦しくて、苦しくて…どうしようもなくなるんだ…」
こんなセリフ聞いたら、普通はメロメロになってしまうものなのだろうか。さすがの俺も今は少しきゅんときた。
どう返していいものか、とわからずに黙っていると雄哉はひとつ深呼吸をして落ち着いた声で話しかけてきた。
「…髪型、似合ってるよ」
は、と顔をあげるといつも通り柔らかく微笑んでいた。
「言うの遅くなっちゃったけど、ちゃんと最初見た時から気付いてたよ」
前髪を払うように手のひらで額を撫でられる。どきりと鼓動がする。
「アレンジも似合ってたよ…このくらいの長さが樹海は一番似合ってる」
「そう、かな…」
自分ではいつもより軽くなったかなと思うくらいだったが、雄哉にはわかるようだ。センスがあり、ここ最近の髪型をずっと見ている雄哉にそう言われると素直に嬉しかった。
「ごめんね、明日テストなのにいつまでも…」
額に唇があてられ、抱きしめなおされるとおやすみ、と低く優しく囁かれた。
「おやすみ」
とても安心できるにおいに体温に鼓動の音。簡単に眠りにつくことができた。
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