静かに食事を終えて、雄哉は今、食器をかたしている。ふと覗いたキッチンには焼きうどんがいくつもラップしてあった。
「これ…」
そっとラップを撫でる。
雄哉は食器を洗いながら返事をしてくれる。
「それは、失敗作」
五皿はある。これも全て俺のための練習だったのか。
く、と喉の奥がつまった感覚がおこった。
「ありがと…」
「なんで樹海がお礼いうの?」
俺がしたいことだから良いんだよ。と雄哉は濡れた手を拭いながら笑った。
「やっぱり今日の樹海、へん」
「そうなんだ…なんか、変なんだ、俺」
近づいてきた雄哉の肩に頭を預けた。当たり前のように、雄哉は抱き寄せてくれる。
「具合、大丈夫なの?」
ぽんぽんと背中をたたきながら、雄哉はそっと聞いてきた。大丈夫と思ったよりもか細い声が出て、笑ってしまった。
「一回寝る?薬あるよ?」
「あ、でも…俺、明日テストなんだよ…」
「えっ?大丈夫なの?」
「んー…多分、人生で一番学業に関してピンチかも」
ソファーに座らされて、雄哉は近くにあったビニール袋から薬を取り出した。それとミネラルウォーターのペットボトルのキャップを軽く開けたものを渡された。
「眠くならない薬だけど…どうする?勉強する?」
薬を含み、水をあおる。こくり、と飲み落としてから、考える。
「俺は、樹海の身体を一番に考えたいけど…」
「でも、留年はまずいな…」
短い春休み。満喫したいなー。追試とかいやだな。じゃあ、やるしかないか…。
「頑張る?」
「やるしかないかー」
明日の科目は確か、英語と化学ということ。そして、教科書類全てを学校に置いてきたこと。あ、でも英語はわりかし得意だし、今回赤点とっても通算なら絶対にセーフだということ。化学が苦手で本当に危機だということ。を述べた。雄哉は呆れたように笑ったが、化学だけやろうと言って、どの単元を勉強したかを聞かれて、一生懸命記憶の糸をたどり、答えると大体を把握して、自分の学校の教科書と参考書を持ってきてくれた。そして、長期戦と考えたのか、雄哉はコンタクトを外しメガネに替えていた。
飯か色事しかしたことのないこの場所で、並んで勉強をした。それは、とても新鮮であったはずなのに日常のような安心感であった。
雄哉は、勉強が出来た。
それはわかっていた。しかし、こうやってその分野に触れてみるとありありと見せつけられた。
ふと考えてみたら、こいつの通う高校は進学校だ。うちの高校もそんなに偏差値は低くないが、その偏差値にプラス10程度の学校だったはずだ。
わかりやすい。非常に。悔しいほどに。
日頃、バカだと思っていたのに、俺に教えてくれる雄哉の顔は同い年には全く見えないし、素直にかっこよかった。もともとイケメンなのに、メガネでインテリがプラスされてて、本当にインテリだから二乗だ。
「樹海、わかった?」
ムカつくから、ぺしんと頭を叩いた。なにー?とか言いながらもへらへら笑う雄哉にまたちょっとイラッとした。
その真面目な横顔にきゅんとしたとか、絶対言わないから。
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