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何分こうやっていただろうか。まるで体温をわけあうかのように、俺と雄哉は抱きしめあっていた。
その沈黙は俺が破ってしまった。正確には、俺の腹の虫が、だ。
きゅう、と情けない音が腹からして雄哉と少し離れ、恥ずかしさに顔が少し紅潮した。しかし、雄哉は破顔し、最高の笑顔をくれた。
俺の手を握り、中に通す。

「本当はまだ練習したいんだけど…ちょっと待っててね」

いつもの二人がけのソファーに腰をおろされ、雄哉はどこかに行こうとした。つないでいた手に指を絡め、それを引き止める。

「どこ、行くんだよ…」

すがるような顔していたのは、なんとなくわかったが、それを修正出来るほどの余裕は今の俺になかった。
雄哉は少し目を見開いてから、くすりと笑って、額にキスをした。

「大丈夫、ちょっとキッチン行くだけだから」

待ってて、と言って手がするりと離れた。
ぎゅ、と空いた手を握り締めてソファーに身体を埋める。
いきなり、ポケットから震えを感じたが、早く消えろと硬く目をつむる。早く。
ソファーに投げ出して硬く握り締めていた手を、ふいに包まれた。その瞬間に携帯も静かになった。

「樹海、大丈夫?まだ具合良くないの…?」

ゆるりと瞼をあげると眉を寄せて心配する雄哉がいた。ふ、と頬をゆるみ、抱きしめる。

「雄哉…」

優しく抱きしめ返してくれる。雄哉だから。

「今日の樹海、いつもと違うね」

俺の髪の毛をさらさらと撫でながら、優しくつぶやいた。

「そう、かも…」

言われてみたらそうかもしれない。

「こんな樹海も可愛くて、好きだよ」

好き…

戯れの言葉。
いつもならさらりとかわせるただの言葉。

「俺のなにが好きなの?」
「全部だよ」

あまりの即答に驚いてしまった。
手と手があわさって、手のひらに包まれながら、指や甲を撫でられる。目線をあげると雄哉はにっこりと微笑んでいた。
呆れて、つい笑ってしまった。

「お前、バカだな…」

そうかな?と雄哉は首をかしげた。そうだよとうなづく。

「あ、腹減ったでしょ?」

身体を離し、座り直して雄哉はいつの間にか持ってきた皿を目の前に置いた。
焼きうどんのようだ。

「さっき、樹海が来たときにちょうど出来たやつが上手くできたんだ」

本当はもっと練習して、樹海のほっぺ落とすくらいおいしいのを食べさせたかったんだけど。
さらりとそんなことを言って、頬を軽くつままれた。ほんのりと頬が赤いように見えた。
つままれた頬をさすっているとちょっと待ってね、と言って雄哉はソファーから降りて二皿並べて箸を動かし始めた。
俺も降りて、隣に並ぶ。

「樹海、茄子嫌いでしょ?」

視線はそのままに、湯気をたてているうどんの中から器用に茄子だけをつまみ上げ、隣のうどんに乗せていった。

「なんで知ってんの?」
「樹海が前に言ってたよ」

最近じゃないと思う。

「よく覚えてるな…」
「樹海の言ったことは覚えてるよ。ちゃんと」

はい、と目の前に湯気をたて、良い匂いを漂わせる焼きうどんがおかれる。視覚と嗅覚が刺激され、胃がうずく。箸を渡され、さっそくいただくことにする。
ずっ、と吸い上げ、咀嚼する。もう一度繰り返す。


「…き、樹海?」

雄哉は驚いた顔で俺を見ている。しかし、無視してもくもくと食べる。

「えっ、えっ…まずかった?吐きそう?大丈夫?」
「違うよ」

ぽたり、と落ちた雫に気付き、目もとをこする。

「おいしいんだよ」

暖かい。とても、暖かい。


この焼きうどんが少ししょっぱいことにも、少し野菜が苦いことにも。
涙が止まらない。


竹井さんの料理は完璧だった。とても。
こんな時、比較してしまう自分が情けない。

味は劣っていても、気持ちは満たされていくのがわかる。

「おいし、よ…」

箸を進める俺の背中を雄哉は何も言わず撫でてくれた。





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