しかし、予想とは反し、由貴くんの表情は暗くなった。かちゃり、とフォークを皿に置いて、とても真摯に彼は声を出した。
「樹海くん…それは、だめだよ」
驚いて声を出さずにいた。こんな顔させたいわけじゃなかったのに。
「本命さんがいるのに、その人以外とは…いくら遊びとはいえ、いけないことだよ」
僕も、きっと彼氏さんも、すごく…悲しいよ。
泣きそうな由貴くんを見て喉の奥が詰まったような、とても苦しい気持ちになった。
「ごめんね、由貴くん…軽々しくそんなこと言って」
「僕こそ、こんなこと偉そうに言える人ではないんだけどね」
それからは、明るく楽しい話をして、笑顔のまま別れた。
人の心を読むのは難しい。
喜んでもらえると思ったのに、苦しい表情をさせてしまった。
改札を通って、ホームで電車を待ちながら携帯を見る。
「悲しい、か…」
竹井さんのメールを眺めながら、さっきの由貴くんの言葉を返す。
もし、竹井さんが俺以外の誰かとセックスしていたら…俺は……
悲しい。
寂しい。虚しい。
ハッと思ったことがあったが、ホームに流れこんできた電車と共に離れていった。番号をプッシュする。
「もしもし…今から、竹井さんの大学に向かうんで、待っててもらえますか?…はい、あと十分くらいで行けると思います。それじゃ、電車来たので…また、あとで」
何かを竹井さんは言おうとしたが、それを押し切って電話を切った。
胸がざわつく。ドキドキとやな鼓動を感じて、携帯と左胸のあたりのシャツを握り締めた。
なんだか泣きそう。
もし、なんてこと想像しなければ良かった。
悲しいという感情に隠れて少し安堵した気がした。別れるには充分な理由が出来る。付き合ったばかりなのに、もうこんなことを考えてしまう。でも、俺はきっと付き合うということが本当に向いていないのだ。迷惑かけたくない。重いと思われたくないとしか思えない。辛いのだ。一緒にいたときも気を使う。暖かい気持ちになるし、しあわせというものも感じられる。しかし、怖い。いつかこのしあわせが終わってしまうのが。そればかり考えてしまうのだ。
余計な想像をしたせいで、不安材料が増えた。
竹井さん本当は俺と遊んでるだけかもしれない、と。そんなはずないと前向きに否定する。なぜなら、彼は誰にだって公平に優しく明るく楽しく接してくれる。俺を、好きだと言ってくれる。
だからこそ、だ。言葉は簡単に人を欺ける。誰にだって平等に接することができるということは、俺だけが特別ということを感じることが出来ない。
からかわれているのかもしれない。だから、以前、誘ったときもキスは甘んじて受けてはくれたが、さすがに男相手に退いてしまってあんなことを言ってしまったのか。
こういうことは、好きな人としかやっちゃだめだよ。
竹井さんは、そう言った。
だから、俺とはセックスしなかった。
つまり、竹井さんは俺のことを好きではないということか。
ダメだ。
ぼろりと涙が落ちた。
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