「俺ね、人の感情読み取るの得意なの。あと、髪の毛って、触ればその人の気持ちがわかるんだよー」

冗談なのかがこの人からは読み取れない。適当に相槌をうっておく。

「悩み聞きますよ?佐藤さん」

ハサミの音がして、俺は本当にただの客で、この人はただの従業員な気がした。せっかく歩いて解消したもやもやが改めて現れた。

「俺、もうバイト辞めるから、安心して色んなことを喋るといいよっ」
「えっ」

思わず聞き返すと、就職先が決まったので今月で辞めるそうだ。少し寂しい気分にもなったが、どこかで安心した自分もいた。

「だから、話してみて?聞いてあげるよ」

少し思案したあと、どうでもよくなって、重い唇を開く。

「最近、恋人が出来たんです…すごく、素敵な人なんです。俺にはもったいないくらいに…そう、俺にはもったいない…」

この先をどう言葉にすればいいのかわからなくなって、また唇をつぐんでしまう。
すると、ぐっと頭を両手でつかまれ、顔をあげさせられた。

「ちゃんと前向かないと変な髪型になっちゃうよっ」

気付いたら、かなり俯いていたらしい。すみませんと謝るとあの笑みが返ってきた。

「んー、佐藤くんは、不安なんだねー」

不安。
そうなんだ、不安なんだ。
「……付き合うって、終わりが見えるから、嫌なんですよね」
「佐藤くんはネガティブハートさんだねー!」

ネガティブ?
あまり自分では思ったことなかった…

「見えるから、たどり着くってわけじゃないよ?太陽だって、見えるけどたどり着けないじゃないー?」

確かに…
違う気がしなくもなかったが、髪をいじられている心地よさに促され、そうだと納得してしまう。

「そうやって不安になれるのは佐藤くんがー、その人のこと、ちゃんと好きだってゆー証だよ?」

ちゃんと、好き…?

「だからその人に、伝えてごらん?きっと、喜ぶから…」

声色が少し寂しさを滲ませたように感じて、視線をあげたが、相変わらず小出水さんは笑っていた。

「…いや、言えない、ですね…多分…」
「なんでー?」
「……だって、俺なんかに言われたって、嬉しくもなんともないですよ…」

後ろを切り終えたのか、小出水さんは目の前に回ってきた。例のごとく、霧吹きをかける。

「じゃあ、なんでその人は佐藤くんと付き合ってるんだと思う?」

考えたことがなかったわけじゃない。
俺には特に目立つほどの魅力はない。多少モテるから、顔くらい。

「……気まぐれ、とか」

長い前髪がぱさぱさと顔にあたるために、視線を落としていたが小出水さんに覗き込まれて、視線があう。

「本当に、そう思う?」

冷たいものじゃない。むしろ暖かいような問いかけだった。
しかし、答えが見つからない。俺にはわからなかった。

「佐藤くんがそれほどいう素敵な人が、気まぐれで誰かと付き合うようなちゃらんぽらんには思えないけどなー?」



樹海くん


ふ、と竹井さんの声がした。頭の中で響く。
無性に会いたくなってしまった。
それを誤魔化すように相槌を返した。






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