竹井さんが用意してくれたうどんを二人で舌鼓をうった。相変わらず完璧だ。店をだせるくらいに。
「竹井さんは、今日何限からなんですか?」
「今日は四限だけだよ」
四限って…
今は朝の七時半だ。
「もっと寝てていいのに…」
「一緒に朝ごはんが食べたかったから、いいんだよ」
つるつると麺を啜りながら、竹井さんは平然と言いのけた。
俺はふ、と息をふきつけてから、レンゲでつゆをすすった。相変わらず完璧だ。
「樹海くんは、いつも朝ごはんはどうしてるの?」
「いつもは……まあ、適当に…」
竹井さんは笑ってから、俺の顔を覗き込み、食べてないって顔に書いてあると言った。
「毎日、俺がつくろっか?」
「え、いや、そんなの、いいですよ」
そこまでやってもらう義理はない。
そりゃ、正直、やってもらえればそれはすごく嬉しいし、竹井さんに会えることはなにより喜ばしい。
しかし、だからこそ、重荷になりたくない。
「俺、樹海くんと朝ごはん、食べたいな」
ずっ、と竹井さんはうどんを啜った。竹井さんの一言一言、心臓に悪い。でも、やっぱり、重荷になりそうで、甘いセリフに酔いしれることは出来なかった。
「時間を置いて会う方がより会えたときの喜びがおおきくて良くないですか?」
まあ、恥ずかしいことを言っている自覚はあるが、しょうがない。
「樹海くんがそう言うなら、仕方ないね…樹海くんには、飽きられたくないし…飽きられても、ずっと傍にいるけどね」
ずっと傍にいる。
どくんと嫌な鼓動がする。
「……樹海くん…?」
嘘だ。ずっと傍にいるだなんて。
いつか、竹井さんは絶対俺に飽きる。嫌になる。
「ごちそうさま…俺、学校の準備を…」
「樹海くん?」
あー、嫌な感じ。
ドアを閉めてから反省する。あんなにおいしいうどん、残しちゃった。
色んなものに謝罪しながら、たいしたものが入っていないカバンを引っ掴む。
一度深呼吸してからもう一度ドアを開くとすぐそこに竹井さんが立っていた。
「あーっと…もう行くの?」
ぶつかりそうになって、肩に手をおかれた。肩に触れるかすかな体温。鼻をかすめる竹井さんの匂い。
「ごめんなさい、俺、もう出ます」
とん、と胸板を押して、竹井さんの脇を通り、靴をはき無言のまま立ち去った。
ふ、と安堵していたのだ。竹井さんがいるということを五感で感じて。他人が傍にいるということを感じて。
涙がこぼれそうだった。
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