38


本当は、竹井さんが行くなと言ってくれて、安心したのかもしれない。今日は、竹井さんの傍にいていいんだと。今日は、雄哉のところに行かなくて、いいのだと。

「大丈夫だった?」

ドアを開くとさっきまで俺がいた布団に竹井さんが横になっていた。ほんのりと光が影をつくる。

「なんとか…」

苦笑を浮かべながらも答える。がちゃりとドアが閉まると、竹井さんは布団をめくり、隣にスペースを開けて艶やかに笑った。

「おいで」

今更ながら、なんてことを言ってしまったのだろうかと後悔する。恥ずかしすぎる。こんなことして、竹井さんにどう思われただろうか。
しかし、身体は操られたかのようにベッドに近づき、ベッドが鳴く。
大の男が二人でシングルベッドに寝ているのだ。もちろん狭いに決まっている。
ぎゅ、と抱きしめられて、鼻先に鎖骨がある。呼吸をすると竹井さんの香りが嫌でも体内に侵入してくる。……嫌…じゃないけど。

「テスト、大丈夫なの?」

え、と顔をあげるとすごく近くに憧れていた顔があり、すぐに体制を戻す。

「ほら、テストあるって言ってよね?」

……あんな独り言、覚えててくれたんだ。

「まあ、なんとかなるかと」

今までも波はあるが、ダメだったことはなかった。頭上で苦笑がもれる。

「樹海くん、要領良さそうだしね」
「そんなこと、ないです…」

要領良かったら、もっといい生活をしてるはずだ。

「何が得意?」
「…英語なら、そこそこ」
「本当?俺は英語超不得意だったよーただの記号の羅列にしか見えなくて、苦労したよ」

笑顔がこぼれる。そんな他愛ない柔らかい時間が流れる。

「あ、病み上がりなのにべらべらごめん。もう寝よっか」

寂しい気持ちがあって。
顔をあげるともちろん竹井さんの瞳とぶつかる。大きな手のひらが頭を撫で、そっと口付けをした。ぱちんと音がしてヘッドライトが消える。真っ暗だけど、確かにすぐそこに竹井さんがいる。体温が、匂いが、息遣いが。全てが竹井さんの存在を感じ取る。

「おやすみ、樹海くん」
「おやすみなさい…」

この心の暖かみは、安心というのだろう。






prev next

bkm