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は、と目が覚めると部屋は真っ暗で、ベッドで横になっていた。
ぼんやりと今までの流れを思い出す。ソファーの上で竹井さんと…いちゃついて…って、言っていいのだろうか。独りで顔が火照る。はずい…。
ごほん。話を戻して。その後、一緒に寝室まで着て、寝付くまでぽつぽつと話をしたんだ。ずっと竹井さんは、手を、握っていてくれた…。
右手を目の前で軽く握る。ほんのりと穏やかな気持ちでいる自分。こんな気持ちの自分、初めてかもしれない。
竹井さんに、会いたい。

どこにいるのだろう。
真っ暗な部屋をみていると、不安になってきた。帰ってしまったのだろうか。
置いてかないで。

ばっ、とベッドから飛び出て、部屋のドアを開ける。
眩しさに目を細める。見渡すとリビングでパソコンと向き合っている竹井さんを見つけて、ほっとする。

「…た、けいさん」
「ん?起きちった?」

のろのろと竹井さんの隣に歩を進めた。

「あの…手、出して下さい」

はてなを浮かべながらも竹井さんは、はい、と手を差し出してくれた。その暖かい手のひらに触れ、握りしめる。
寝ぼけている頭が徐々に冴えてくる感覚がわかり、冴えきる前に離れる。
なんとなくリビングに出てきた理由がほしくて、目についた携帯を手に取り、自室に戻った。
ドアを閉め、真っ暗な部屋に戻ったとき、自分の恥ずかしい行動に悶えながらも布団にもぐる。
こんなにも他人を意識してる自分が情けなくもなってくる。目をつむると、とくんとくん、と少し早い鼓動を感じる。今更ながら、なんでこの程度のことでこんなにも動揺してしまうのだろうか。恥ずかしいことをたくさんしてきた自負はある。
そっと唇に触れる。
キスって、あんなにも緊張、するものなんだ…

ドキドキしている自分が気持ち悪くて、手にしていた携帯を開き、電源をいれる。
目を見開く。
不在着信 108件。
あり得ない事態に思わず、身体を起こす。冷静になれと自分に言い聞かせながら、履歴をチェックする。最初の方は無断欠席をする俺を心配したのであろうクラスメイト五人からそれぞれ一件ずつ。合間に、俺の初めての男の子の翔から計四件。残りの九十九件は、木ノ下雄哉からだった。
新着メールの表示もあったが、怖くて開くのをやめた。

「さすがにこれは、ないでしょ…」

ふ、と今日の雄哉の電話を思い出す。

俺…雄哉のとこ行く約束…


「樹海くん、起きてる?」

光が真っ暗な部屋に差し込み、は、と意識が戻ってくる。携帯をこっそりたたむ。竹井さんは、ヘッドライトをつけてくれた。オレンジ色の優しい色が部屋に灯り、少し気持ちが軽くなる。

「あの、竹井さん…俺、ちょっと出てこないと…」
「買い物?俺が行ってくるよ、何がほしいの?」
「いや、友達んちに…」

ベッドから立ち上がろうとすると、肩をつかまれ、動きを制された。

「何言ってんの、ダメに決まってるでしょ。こんな時間に、病人を行かせられない」

真剣な顔で訴えかけられるが、会いに行かなきゃならない気がした。

「でも、今、会いに行かないと…」
「ダメ。明日、会えばいいでしょ」
「ダメなんです、多分…今、行かないといけない気がする…」
「なぜ?」

なぜ?理由?
…わからない。
わからないけど、雄哉は友達だし。

「約束、したんで…」

怒られているわけでもないのに、俯いて理由を述べる。竹井さんは、床に膝をついて俺を覗き込んできた。目があうと瞼にキスをされ、頬にもひとつ。

「ごめん、怒ってるわけじゃないんだ…」

眉を下げながら、謝られた。つきん、と胸が痛んだ。

「樹海くんの身体が、心配なんだ…」

俺なんかの心配をしてくれている。胸が痛く、つん、と鼻の奥がつまる。

「なんて、その気持ちは建前で、本当は…嫉妬してる…」

自嘲気味に笑い、竹井さんが視線を反らしながら続けた。俺は、はてなが浮かぶ。
膝の上においてあった手を上からぎゅ、と包まれ、オレンジの照明が整った顔をうつし、瞳が絡みあう。

「俺と二人の時は、俺のことだけ考えてほしい」

もう何も言えなかった。ひたすら活発な心臓の音をこの人に届かないことを祈った。

「…樹海」

どくん、と一度全身が心臓になったかのように血が巡った。
自分の名前を呼ばれただけなのに。

「…竹井さん」

かすれる声を振り絞るように出す。

「じゃあ…一緒に、寝てください…」






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