「そういえば、バイト…」
ふと思い出した。
「奇跡的に入ってなかったから、大丈夫だよ」
そうだったんだ。なんでだろ。
「あ、テスト…」
今日は何日?
「今日は日曜日」
「明後日から…」
立てた膝に顔を埋めてため息をつく。ことり、と音がして、優しい匂いがする。顔をあげると目の前の机にふわふわと湯気をたてる小鍋があった。手際よく竹井さんは小鉢にもってくれる。ついその横顔に見惚れてしまう。ずっと思ってたけど、やっぱり、かっこいい。
少し伸びた髪の毛を耳にかけてあげたいと思ったら、手が伸びて、耳の輪郭を撫でていた。
「ピアス、あけないんですか?」
「んー……まあ、その…」
「怖いんですか?」
返事を濁すので、にやにやとからかいの言葉を投げると竹井さんは頬をつまんで横に引っ張った。顔を近付けて子供のように言われる。
「怖いんじゃないですー痛いのが嫌いなだけですー」
「いっひょひゃ、にゃいでひゅか」
つねる手から逃げようと身体を徐々に反対側に倒していったが、なかなか離してもらえず、はっと気付いたらソファーのひじ掛けに背中があたり、押し倒されている形になった。
その状態にどきりとした瞬間、竹井さんの手が緩み、顔が変わった。つまんでいた指が手のひらに替わり、優しく両頬が包まれる。
「樹海くん…」
熱のこもった瞳。やけに目につく唇。とくんとくんとくん。全身が騒ぎ続ける。
「…いい?」
ゆっくりと近づいてくるのに合わせて、瞼をおろす。
優しく、柔らかい唇が触れる。ちゅ、と控えめに可愛いらしい音が聞こえた。
こんなにドキドキして、優しいキスは初めてだった。
離れていってしまうのが、悲しくて思わず抱きついて、包まれたくなってしまう。
「さ、食べよう」
にこりと少し頬が赤いような竹井さんが腕を引っ張って起こしてくれた。
そんなことは出来なかった。ずっと触れ合っていたかった。
でも、俺は出来ない。嫌われたくない。我慢すればいいなら、我慢する。
暖かいお粥と共にその気持ちは流し込んだ。
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