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しばらく抱きしめあったあと、竹井さんは名残惜しそうにしながらも、もう一度大学に向かった。すぐに帰ってくると言われたので、ソファーに座ったまま、ぼうっとしていた。
このままでいいのだろうか。竹井さんは信じていいのだろうか。
黒いもやが自分の中で漂っているのは感じていた。そして肥大化してきていることも感じていた。
ブーッ、と目の前で携帯が震えて意識が戻る。そういえばずっと放置していたな、と思いながら手に取り画面を見ると電話だった。雄哉だ。
会話をする気分ではなかったが、あまりにもずっとコールし続けるので諦めて出ることにした。

「もしもし」
『……よかった、樹海…』

少し声が低くなってしまった気がしたが、相手はそんなこと気にしていないようだ。

『連絡とれないから、すごく心配した…気狂いそうになった…』
「はは、大げさ」

たかが、友達なんだし。乾いた笑いが込み上げた。

『なんかあった?』
「ん?あー、体調崩してたんだわ、ごめんごめん」
『えっ!大丈夫?俺、今からそっち行くわ』
「いや!来ないでいい!」

やべ、あからさまに拒否すぎたかな。立て続けに言葉を発していた雄哉が数秒黙った。

「こ、これからバイトだからさ。だから、悪いけど今度にしてもらえる?」
『……そっ、か…バイトなら、しょうがないよな…』

納得出来ない。
雄哉の声が物語っている。
しかし、今から竹井さんが帰ってくるのに雄哉がいたら、気まずいだろう。ていうか、絶対気まずい。俺が気まずい。

『じゃあ、バイト終わったら行っていい?』
「え、あ、うーん…」

正直言うと、会いたくなかった。出来たら、竹井さんに、ずっと傍にいてもらいたかったから。

「まだ調子悪いし、風邪うつしたら、悪いからさ…」
『樹海の風邪ならいい。むしろちょうだい。そしたら樹海が看病してくれるでしょ?』

なんだか今日の雄哉は変だ。いつもなら俺の意見を尊重してくれるのに。

『樹海に、会いたくてしょうがないんだ…』

そんなことをかすれ声で言われたら、もう断れない。雄哉はそれを知ってか知らずか。

「わかった、俺が行くから…」
『はあ?だって樹海、病人なんだから…』
「あ、いいから、俺がそっち行くから、じゃあな」

がちゃりと扉があく音が聞こえて、急いで電話を切る。

「ん?電話?」
「あ、いや、なんでもないです」

携帯の電源を落とす前に見えた不在着信の数は見間違いだと思う。





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bkm