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風呂を出ても竹井さんはまだ帰ってきてはいなかった。少し寂しい気持ちをひた隠し、布団にもぐる。
瞼がだんだんと重くなってくたのを感じながら、ふと、竹井さんの前で泣いたことを思い出した。…恥ずかしい。高校生にもなって。そのことを次、竹井さんに会ったら謝ろう。
ふわふわとしてきたとき、がちゃりとドアが開く音がした。あ、帰ってきたんだ。わかったけど、起き上がる気力はなかった。

「樹海く、あ…」

衣擦れの音が近づいてくる。なんだか声をかけるタイミングを逃してしまった。目を閉じて、そっと息を沈める。
自分のにおいで満たされている部屋に、竹井さんのにおいがふわりと匂う。
そっと頭をなでられた。

「お風呂、入ったんだ…」

どきどきと落ち着きがなくなってくる。どうしよう。我慢だ。こらえろ。
髪の毛から、この鼓動は伝わらないよな…?

「ちゃんと、乾かさなきゃダメじゃないか」

くすりと笑ったようだった。脳裏に簡単にその笑顔が浮かぶ。
なでる感覚もゆっくりとしてきた。きっと、そろそろ終わるのだろう。予想通りに、手が離れていった。ほっとする反面、残念がっている自分に気づかないふりをする。
大きなため息が聞こえて、焦った気持ちになり、思わず目を開けてしまった。見えたのは、うなだれてる竹井さんだった。
声をかけようとしたとき、竹井さんは独り言のようにつぶやいた。

「…好きだ」

ひゅっと、息がつまった。それが気管に入って、むせてしまった。
げほげほと咳込みだした俺に竹井さんは驚いたものの、すぐに背中をなでてくれた。呼吸が安定しだしてから、顔をあげた。
予想以上に竹井さんが近くて驚いて、止まってしまった。

「だ、大丈夫?」
「あ、あの…俺…」

えっと…と竹井さんは気まずそうに目線を外した。若干顔色が赤い。そんな表情を始めてみた。離れていこうとした手を握り止めてしまった。自分の行動が読めない。でも、止められない。

「竹井さん…俺…竹井さんのこと…!」


気持ちを告げてしまいたかった。





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