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ソファーに身体を預け、美味しく暖かいごはんで腹が満たされ、俺はその心地よさにうとうとしてしまっていた。
テレビがぼんやりと流れ、カチャカチャと竹井さんが食器を片付ける音が聞こえる。
あー、しあわせってこーゆーことかも。

「樹海くん?」

ひたりと冷たい手のひらが額に触れ、頬を撫でた。

「まだ少し熱いかな…」

離れようとした手首を弱々ながら、つかみ止め、頬にあてる。ひやっこい。

「きもちい…」

今、水仕事を終えたこの手のひらからは人肌のぬくもりなんて感じられないけど、これはこれで好きだな…なんて思ってたりもする。
ふと瞼をあげると竹井さんと目が合った。くすりと笑った竹井さんに心臓がざわめく。

「樹海くん、猫みたい」
「そ、そうですか…?」
「うん、可愛い」

どきん。
一際大きく心臓が跳ねた。いつもなら平気な顔して流せるのに。ドキドキと音が増すばかりだ。顔が熱くなる。どうしよう。なんか、俺、変だ。
もじもじと俯いていると、竹井さんの大きな手がさらりと頬を撫で、髪の毛を耳にかけた。はっと顔をあげると頬に優しくキスされた。ちゅ、とかすかに聞こえたリップ音にひどく興奮した。
ゆっくりと離れてゆく竹井さんと瞳があった。それは仕事でみせるキリッとした目付きでもなく、ふざける時にみせるお茶目さもなく、普段みせる優しいものでもない。熱を帯びた、男の瞳だった。
名前を呼びかけた時、竹井さんは立ち上がり、背を向けた。

「俺、これからちょっと学校行ってくるから。30分くらいしたら、帰ってこれると思うから」

荷物を手にとり、玄関に向かった。その後ろ姿を追うように、俺も玄関に向かう。
靴ひもを結ぶ竹井さんの背中につぶやくように話しかけた。

「いって、らっしゃ、い…」

すくっと立ち上がり、ドアノブに手を掛けた竹井さんは少し止まってから、いってきますとつぶやいて出ていった。しばらくの間、俺はその場で立ちすくんでいた。
心が、こそばゆい。





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