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次の日、苦しんでいたことが嘘の様に熱が引いた。
昨日のことはぼんやりとしか覚えていないけれど、なんだか恥ずかしいことをした気がする。
まだ少しだるい身体でリビングに入ると朝食の匂いが部屋を満たしていて、自分の家ではないように感じた。

「…竹井さん」
「あ、おはよう」

キッチンに立ち、料理をしていた竹井さんは俺に気付くと、手を洗ってから額に触れてきた。

「顔色も悪くないし、大分良くなったみたいだね」

無性に心臓が騒いでいて、恥ずかしくて距離をとる。竹井さんは小首をかしげた。

「どうしたの?」
「いや、なんでもない、です…」

いまいち納得していなかったようだが、とりあえず椅子に座らさせられ、目の前に見たことのない小さな鍋が置かれた。蓋を開くともくもくと白い湯気をたて、うどんが現れた。かつおだしのいい匂いが鈍った感覚を刺激する。胃が捕まれるような感覚もした。

「残してもいいから、食べられるだけ食べなよ」
「いただきます」

お味は、絶品。胃に染み渡る優しさ。
ひたすらにつるつるもぐもぐと咀嚼し、全て汁まで飲み干した。

「ごちそうさまでした、すごく美味しかったです」
「お粗末さまでした」

食べきった鍋をみると竹井さんはすごく嬉しそうに笑った。思わずその笑顔にきゅんとしたことは、俺だけしか知らない。





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