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「起きて、樹海くん」

微睡みながら、うっすらと目をひらくと竹井さんが何か暖かいものを持ってきた。

「お粥つくったから、少しでも食べなさい」

そういいながら、机に置いたアルミの小鍋から小鉢にお粥を移していた。
腹は空いてはいない。が、目の前のふわふわと湯気をたて、優しい香りをさせるものに胃がぎゅ、と捕まれた感じがした。
今度は自力で起き上がって、竹井さんから暖かい小鉢を受け取る。
白いお粥と淡い黄色の卵に薄いネギのシンプルな卵粥だった。
ふーふー、と息を吹き掛け、冷ましてから口に運ぶ。
あ、おいしい。というより、優しい。
竹井さんがつくったからだろうか。こんな優しい料理は食べたことがなかった。
簡単に咀嚼してから、呑み込むと口の中のぬくもりが消えた。その瞬間にほろりと頬を滴が伝った。
どうしたの、とあわあわする竹井さんに静かに告げる。

「おいしいんです」

竹井さんは、頭を撫でてくれた。また目から滴が零れた。あ、俺、泣いてる。
それから竹井さんは俺が食べ終わるまで、何も言葉を発しなかった。食べ終わる頃には、俺の涙の波も過ぎていた。

食べ終えてから薬を飲み、冷えぴたを張り、浅く短い眠りについた。
目をさましても竹井さんはまだ俺の部屋にいた。自分が持ってきたパソコンと向き合っていた。

「たけ、いさ…」
「あ、起きた?」

喉がからからで声が出なかった。すっ、と竹井さんはペットボトルのキャップを回してからスポーツ飲料水にストローまでさして、渡してくれた。
数回喉に流し込み、礼をつげる。顔をひたりひたりと触ってくる。

「まだ熱いね…なんかほしいもんある?プリンもヨーグルトもゼリーもあるよ」

この人は今日だけでいくら俺に貢いだのだろうか。つい口元がゆるんでしまった。

「じゃあ、プリン」

食欲なんかちっとも沸き上がってこないが、なんだか竹井さんの好意を無下にしてしまう気がして、つい答えてしまった。
プリンを二つ持ってきた竹井さんは、さっきと同じ要領で身体をおこしてくれた。でも、さほど辛くなくて、薬の力を実感した。

「ぷっちんとなめらか、どっちがいい?」

量的に少ない方を指差すとパッケージをめくって、スプーンと一緒に渡してくれた。

「俺は、ぷっちんする派なんだー」

聞いてもいないのに、皿にプリンを容器ごとひっくり返して乗せて、ぱきんとプラスチックの突起を折った。ゆっくりと容器を上に持ち上げると、ぷるんとプリンが現れた。
なんだかその光景がおもしろくて、自然と笑った。

「竹井さんらしくない」
「可愛いスイーツをかっこよく食べられるのもイイ男の絶対条件だぞ?」

あ、相変わらず意味わかんないこと言ってる。
口にしようとした時、べちゃりとスプーンにすくっていたプリンが掛け布団に滑り落ちた。
すぐに竹井さんはティッシュを数枚引き抜き、拭ってくれた。

「あ、すいません。自分でやります…」

ふと、脳が指先から信号を受けとり、手が触れたと理解した。視覚からもその情報が得られた。そこから、竹井さんの瞳が目に入る。思ったよりも近い。
力が入らないなりに、手を握る。
触れる指先から伝わる温度なんて今は、ほとんどわからないけれど、安心した。

ひとがいる。
竹井さんが、いる。

ぎゅ、と手を握り返されて、抱きしめられた。

「大丈夫、出来るだけ、傍にいるよ」

この人は、心が読めるのか。
ぽんぽんと背中を叩かれて、涙がこぼれた。





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