チン、と小気味のいい音に耳が反応して、意識が覚醒しだす。
ふわふわとした柔らかい布団に身体は包まれていた。頭がぼーっ、としているものの身体をおこし、いい匂いにつられてその方へふらふらと重い足で行き着く。
「雄哉…?」
キッチンにぎこちなく立っている雄哉は制服姿だった。
「あ、樹海!おはよう」
挨拶を返して隣に行こうとしたら、雄哉は片手に皿を持って俺の腰に腕を回して昨日と同じいつもの定位置に腰を下ろした。
目の前にはトーストと目玉焼きと昨日の残りだろうかき玉汁があった。本当はサラダもつけたかったが、食材がなかったらしい。
「いただきます」
二人で手を合わせ、トーストに手を伸ばそうとした時、雄哉に先に取られた。
「樹海はいちごでいいよね?」
「え?うん…」
にこにこしながら、雄哉はトーストにいちごジャムを塗ってくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
芳ばしく、いちごジャムのあまさも程よくてカリカリと触感も完璧だ。トースターってすごい。
「ん、目玉焼きうまい」
何もかけてないのに、味がついてる。甘いような、しょっぱいような間のすごくいい味。
「本当?」
「ん」
もぐもぐと租借しながらうなづくと雄哉はすごく喜んだ。
「今日は成功したんだ…良かった、嬉しい…!」
その雄哉の笑顔に思わず心臓が捕まれるような感じがした。顔が火照ったようでそれを隠すように汁を流しこんだ。
「久しぶりに朝飯食べたなあ…」
ごくんと最後の一口を飲み込み、合掌。食器を片付ける雄哉の背中を見つめる。本当は一緒に片付けたいけど、なんだか身体がだるくて、ソファーに沈む。
腹が膨れて、またうとうとと瞼が重くなる。ふ、と雄哉が頭を撫でたのを感じて瞼をあげると唇に柔らかい感触がした。
「かわいい…」
ふんわりとほほえんだ。今回は雄哉の笑顔をよく見るなあ。
雄哉は俺の目の前に座り、微笑しながら頭を撫でてくる。ああ、心地よい。
「ねえ…」
「なに?」
「…制服、初めて見た」
「本当に?」
もうすぐ入学して一年たつのに、と楽しそうに笑った。
制服姿は本当は初めて見たわけじゃないのかもしれないが、俺の記憶にはなかった。俺の記憶の中の雄哉は、大体が裸だ。
「よく似合ってる」
「ありがとう」
さらさらと前髪を撫でる雄哉の指は柔らかい。ふわふわとしてくる。
「樹海に言われると特別嬉しい」
そう、と短い返事をすると時計をちらりと確認してから雄哉は眉をハの字にした。
「樹海、ごめんね…今日、学校に行かなきゃなんないんだわ…」
「そうなんだ…」
俺も家に帰る、と身体をおこした。
「ここにいても全然いいけど?」
「いや、帰るわ。さんきゅ」
適当に雄哉の服に着替える。今着ているスウェットは去年、俺が俺のために買い置きしたものだ。それを洗濯機に突っ込み、身だしなみを簡単に整え、しわくちゃの制服を学生カバンに押し入れる。
携帯と定期と財布をチェックして玄関に向かうと既に雄哉はローファーを履いていた。
「雄哉」
「ん?」
「ネクタイ曲がってる」
あれ?と直すものの決まらない。見兼ねてネクタイを整えてやる。
「ばっちり?」
「ばっちりばっちり」
ぽん、と肩を叩くとその手を優しく握られて、顔をあげるとさっきまでとは色の違う瞳とぶつかり、瞼をおろす。
「ん…」
唇をついばむキスを角度を変えながら数回して、名残惜しそうに離れた。そういえば昨日、雄哉とセックスしてないんだ。俺は雄哉を待ってた子としたけど、雄哉は抜いてないんだ。まあ、相手はごろごろいるから関係ないか、こいつの場合。
自分のローファーに足を通す。私服にローファーは不恰好だが仕様がない。
がちゃりとドアを開けると、聞いた覚えのある声が聞こえた。
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