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今日のことは忘れて下さい。
そのセリフだけを残して、俺はあの部屋から出た。
後ろから竹井さんの声が聞こえて、足に力を入れた。
久しぶりに走ったため、身体の重さに驚いた。中学の頃よりは体重は減ったのに。まあ、運動も大してしないで、飯も気が向いたときしか食わないからだろうな。
じんわりと汗を感じた時に足を止めると、バイト近くの公園にたどり着いた。ベンチに腰を下ろし空を仰いだまま、息を整える。

「はあー…」

吐く息が暗闇に溶けたのを見送ると見えたのは星空だった。

「確かに」

綺麗だった。
雲ひとつない黒い空にちかりちかりと瞬いている。星は微かに瞬いて、何か訴えかけているようだった。
寒さに身体がぶるりと震えて、意識を引き戻される。
どうしようか。歩いて帰れなくもない。でもそんな気には、今はなれなかなった。歩きたくない。動きたくない。
瞼をおろした時だった。タイミングを見計らったかのように、携帯が振動し出した。
投げ出していた手でポケットから携帯を出し、気だるながらもディスプレイを目線の先に持ってくる。
竹井さんではないから、いいや。

「もしもし」
『樹海?』
「あー…雄哉…」

ぼんやりと言葉を返す。
めんどくさいんだ。

『樹海…なんで今日、来ないの?』

なんの話だっけ?

『怒ってるの?具合悪いの?何かあったの?』
「…なあ、この前送ってくれたバイトの近くの公園、わかる?」
『え?あ、うん』
「今そこにいるから、迎えに来て」
『わかった、すぐ行くから』

待ってて、そう聞こえたら電話が切れた。そのままの状態で手を基の位置に戻す。
瞼を上げれば、目の前には再び夜空が煌めいた。また目を閉じる。
胸の奥がぐずぐずする。苦しい。
こんなめんどくさいことになったのは、竹井さんのせいだ。判断を誤った。
竹井さんがあんな人だとは思わなかった。俺の予定としては、あのあと押し倒されてセックスのはずだったのに。
好きだのなんだのは、セックスを盛り上げる道具にすぎないだろ。俺はそれだけでいい。それだけで。

もう、いやなんだ。





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