イミテーション・ブルー
- ナノ -

預けられる識別証

「ふう……蒼の騎士、ね。貴族派閥に牛耳られた帝国時報は自分達に都合のいいように書くな」

オルディーネから降りて、新しく出たという帝国時報に目を通したクロウは喜ぶわけでもなく、冷ややかな声で事実を捻じ曲げて伝えるマスコミの情報統制に辟易していた。
印象操作や情報統制というのは非常に大事なことだ。
それは身に沁みついている。
帝国解放戦線のリーダーとしても、情報を弄られた挙句追い込まれたジュライ市国の市長、それからジュライに起きた事件について帝国が行った情報操作で。
嫌というほどに。

――英雄、蒼の騎士。
馬鹿馬鹿しい肩書だ。目的を果たすためにカイエン公の後ろ盾を貰ってオルディーネの起動者となったことを考えたら協力する義理こそはあるし、人のことを否定出来るような立場ではないが、彼の目指す見栄と妄執は空しくも映る。

「フランの奴、見つからねえな……」

トールズを離脱したフランを探しているが、連日のように彼女の姿は見つからない。

焦りを隠すようにポケットの中に手を入れて、手に触れた冷たい温度にハッと気づかされる。
本来のjuraiが刻まれているドッグタグをポケットに入れるようになった。
死に場所を求めているアイツらの考えとは別に、混乱と混沌の時代を迎えるその帝国の行く末を、内戦の顛末を見届ける責務があると思っている。
それから先のことは、まだなにも。

何も決まっていない。


フランを見付けてパンタグリュエルに連れて帰った後も、漠然とフランとの見えない未来を一瞬思考して──自嘲する。
パンタグリュエルに連行したものの、フランが堕ちない人であることは知っている。
きっと、Z組がパンタグリュエルに乗り込んできたらそれに乗じて逃げようとする芯の強さがある。
今は同じ部屋に居るが、その時間も長くても数週間で終わることだろう。
だからと言って手放さないように羽をもぎ取るつもりはない。もし別れて、また互いの戦場に身を投じることになるのなら。

「絶対に無事とはオレも言えねえしな」

常に死の危険と隣り合わせで帝国解放戦線のリーダーとしてこの修羅の道を歩んできたのだ。
先日思い出した、学生時代に作成したドッグタグとは違って、昔に作った鈍い色の2枚揃ったドッグタグを取り出す。
ソファに座って静かに本を読んでいるフランに声をかけた。

「なあ、フラン」

少し話して、常に警戒して家を逆立てる猫のような状態から少し落ち着いたフランに声をかけると静かに「なに、クロウ」と返ってくる。
無視されていない所を考えると、フラン自身が口にした認められないけれど否定はしないという言葉は、やはり嘘ではないのだろう。
オレの行動自体は肯定しない。しかし、否定もしきらない。
だが、信念が重なることがないから、真っ向から対峙する関係性になっている。

ポケットに入れていたドッグタグのチェーンを外して、一枚分のドッグタグを今となってはただ一人渡したい相手に、手渡した。

「クロウ、これ……」
「何となく、お前に片方渡しておこうと思ってな。それが嘘偽りのない、オレの個人情報ってやつだ」
「ドッグタグ……」

ドッグタグを誰かに渡すというのは、決して明るい理由ではない。
家族に渡される識別番号。一つは軍に所属する者は報告用として回収され、その後自分自身が帰れない人になった時に家族の元に届けられることになる。
そしてもう一枚は喋ることのなくなった遺体と共にそのまま残すことになっている代物だ。
渡されたドッグタグに戸惑いながら、フランはそこに彫られた文字を読んで目を開いた。

「この文字、ジュライって……」
「ああ……オレが故郷を出る前に作ったやつだな。ジュライ市国のクロウ・アームブラスト、それが学生の時には見せられなかったオレの戸籍だ」
「……」
「オレが許せなくて要らねえっていうなら、捨ててくれても」
「……、ばかね。クロウの進む道を肯定する訳じゃないけど、勿論、貰っておくわ」

ドッグタグが渡される相手は、家族、もしくは恋人、友人。
身内の居なくなったオレにとって、すぐに今浮かぶ相手はフランだ。
オレじゃない誰かがジュライと刻まれたこのドッグタグをフランに渡しに行くことが万が一にも起きて、その時に漸く本当のクロウ・アームブラストの背景を記す物を渡すことになることだけは、避けたかった。
それだけ、確かにオレにとってはフランは大切な相手であるのもまた、誤魔化しようのない事実だった。

──所持していた1枚を亡き後、クロウ・アームブラストの葬儀に参加するフランの手元に届けられることになるとは、この時ばかりは想像していなかったが。
恋人の呼吸が無くなっていく姿を看取った彼女に不幸の手紙まで渡されることになり、曇った悲しい表情で亡き恋人の思い出を見返す姿を。
見ることも、慰めることも、涙を拭わせることも出来ないのだから。

「……クロウ、……前に私……進めてるかしら」

ヒンメル霊園の墓標でドッグタグを眺めながら目を伏せるフランの姿を見る人はいない。
大切な人を近くで守るなんてことを出来ない自分勝手な愚かな男が残した傷痕は深く深く、フランに残るのだ。

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