カタリナ
- ナノ -

06 未完成のネバーランドへようこそ

「え、彼らが帰って来るのかい?」

「あぁ、幾つか任務を終えて一時的に戻ってくる予定だよ。ふふ、しかしワジには譲る時間かな?」

「……総長も人が悪いね」

「アリシアはケビンに懐き過ぎているからね。逆もまた然りだが」


総長に呼び止められたかと思えば、伝えられたのは喜んでいいのかまた微妙な件だった。ケビン達がアルテリア法国に戻ってくるのは実に一年ぶりとなる。免職こそは免れたが、メルカバを破損した責任として多くの任務を与えられていたようで、戻ってくる暇も無かった。
ケビンは同じ守護騎士の中でも割と気は合う方だが、アリシアの事を考えると複雑な気分にもなる。本当に久々の再会なんだし一日位は譲るべきだとは分かっているが、僕とは決定的に違う唯一の立場にあるケビンに羨む所が無いかと聞かれたら頷けない。僕でこう思っている位なのだから、ヴァルドに教えないのが賢明な判断だろう。


「おっと、場所を変えて話した方がよかったかな」

「……総長、僕より先にアリシアがこっちに来てた事に気付いてたんじゃない?」


僕の後ろを見て微笑む総長の顔を見て何を発見したのか気付いて溜息をつきながら肩を竦める。振り返るけれど既にそこには誰も居ない。まぁそれも当然だろう、話を聴いた瞬間多分ここから居なくなったんだから。
何が問題かって、多分僕を探しに来たのにケビンの話を聞くと僕に声を掛ける事もせず早足に立ち去った事だろう。これで面白くないと思わない彼氏が居たら随分と心が広いよね。総長に挨拶をして、メルカバ伍号機が停泊するだろう場所へと急いだ。


メルカバがアルテリア法国郊外に停まり、ハッチから出て来たケビンと手に荷物を抱えるリースは久々になる景色に思いを巡らせながら街中を歩く。ここは総本山なだけあって星杯騎士団や普通の神父、シスターが出歩いているからケビンにとっては居心地のいい場所とはいえなかった。
現在は二つ名も理念も変えて行動しているけれど、あまりに《下法狩り》の悪い噂が広まり過ぎていたから、ケビンを見る視線は軽蔑、と言うよりも恐怖心が多いだろう。ケビン本人としては変えようも無い事実だから然程気に留めていないし、自分よりももっと酷い扱いを受けていた少女が近くに居たからそちらばかりが気になっていた。


「リース、お前それ全部渡す気か?」

「勿論。アリシアさんに渡す用ではあるけど、ヘミスフィア卿も居るから」

「ワジはそんなん食うイメージ俺は無いけどな」

「ケビン分かってない。アリシアさんが居るかどうかで違うと思う」


鈍感なケビンにリースは呆れながら自分の腕の中にあるお菓子の詰め合わせに視線を落とす。とても一人では食べきれない量だが、甘い物が好きなイメージの無いワジもアリシアが居たら食べるだろう。それに、今はヴァルドも居るのだからこの位の量直ぐに無くなってしまう筈だ。自分のお勧めの店で買ってきたお菓子にリースは満足し、ケビンはよく分からないと首を傾げる。

そのまま帰って来た事を総長に報告しようと本部に入ったのだが、講堂に響く段々と近付いてくる足音に気付いてケビンは顔を上げ、そして目を丸くした。こっちの方向に、と言うより自分達を見付けて駆け寄ってくる見慣れた女性が居たからだ。


「アリシア!」

「何で連絡入れないの!」


挨拶の前にぴしゃりと返された言葉にケビンは面食らいつつ、自分の目の前で止まったアリシアの頭を何時もの癖で撫でるが、アリシアから返ってきたのはじとりと恨みがましく睨む視線だ。確かに連絡は何時だって入れられたけど、少し驚かせようとしたからアリシアに連絡を入れないで戻ってきた。しかし、相当ご立腹のようだ。
一年ぶりに見るアリシアは背丈や雰囲気はそれほど変わっていないが、服や髪型が少しばかり変わっている。

――あぁ、俺の知らない間にこいつも変わってるんだな。


「皆を困らせるような無茶はし過ぎてない?リースさんに頼り過ぎて迷惑かけてない?」

「いや、リースに関しては俺が振り回されてる位やって」

「よく言う、それはお互いさま。これアリシアさんに差し入れです。皆さんで食べて下さい」

「これまた凄い量……」


リースに渡された紙袋を受け取ったアリシアはその量に目を丸くする。四人で食べても何日で消費出来るだろうか、という量なのに、彼女はこれを一食どころか軽食としか思っていないのだから恐ろしい。変わらないやり取りを交わす二人の様子に安心しつつ、アリシアはじっとケビンを見詰める。
メルカバ破損の責任として多くの任務を引き受けていたケビンはこちらに帰って来る暇さえなかった。そうなると無茶していないか、だとか色々と心配になる。ケビンもそんなアリシアの心配そうに自分を見上げる視線に気が付いたのかアリシアに顔を向ける。


「それと怪我、してない……?」

「……アカン、俺今感動で胸がはち切れそうやわ」

「ケビンならいいかと思ってたけど、実際見ると腹立つね」

「げ、何でこんなタイミングに来んねん、ワジ」

「え、ワジ?さっきまで総長と話してたのに」


アリシアの後ろに見えたワジにケビンは顔を顰めるが、当の本人は心底不思議そうに振り返る。ワジは表情に割と感情が出辛い方なのに、あまり機嫌の良い表情をしていないとケビンにも直ぐ分かって居心地悪そうにする。確かにまるで出来た彼女のような言葉を自分以外の男に平気で言っていると面白くないだろう。ケビンにしてみれば兄を心配する妹の感覚だが、申し訳なさは感じる。


「随分と忙しかったみたいじゃない」

「まぁな、自業自得やしそれも仕方ないやろ。そっちは最近任務入ってないんか?」

「細々と入ってるんだけど、大きなのは。私だけ潜入捜査って言うのも無いし」

「けどお前ら二人で行動したら色々目立つような気がするんやけど」

「逆に誤魔化せるんだよね。むしろ二人揃ってると誰も教会関係者なんて思わないじゃない?」


あぁ、確かに。ケビンとリースは顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。そもそも一人ずつでも私服を着てしまえば武器を手にした時に滲み出る教会の人間特有の雰囲気はともかく、その言動や立ち振舞いから誰も教会の人間とは思わない。それに加えてカップルとなると尚更想像の候補から外れるだろう。
ヴァルドやアッバスが居た場合は悪目立ちこそはするが、誰も聖職者なんて答えない。タチの悪そうな不良集団にしか見えない。ケビンとリースは任務の時とはいえ、巡回神父、シスターとして活躍する事もある。それは二人が元々福音施設で育ったというのが大きいし、アッバスはともかく三人はそれぞれの理由で日曜学校を疎かにしていた、もしくは行けていない。


「で、最近どうなんや?」

「どうって大事件も無く順調だと思うけど」

「じゃなくて二人の事に決まってんやろ」

「……、え?」

「勿論だよ。詳しく聞きたいなら包み隠さず話すけど?」


食えない笑みを浮かべながらケビンに提案するワジに、アリシアは漸く何の質問か気付いてかあっと頬を染め、ケビンを見てそしてワジに視線を移して恨みがましくじとりと睨みつける。特務支援課内でのやり取りを見ていたリースにはそれが直ぐにアリシアをからかいながらもそれが彼の愛情表現であると知っていた。
このやり取りだけど彼らの現在の関係も窺えて、ケビンは安心したように目を細めて笑った。


「お前と違って慣れてないんやからあんま苛めすぎんなよ?」

「フフ、苛めてると言うか愛してるんだけどね」

「……お疲れ様です、アリシアさん」

「暫くそっちに行きたい……」


肩を落として溜息を吐くアリシアを他所に話す二人のやり取りを聞きながらリースはふふ、と柔らかな笑みを浮かべていた。

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